本日のいただきもの:江國滋の『落語手帖』初版

ちくま文庫の新刊、江國滋の『落語手帖』(ISBN:448042086X)をホクホクと買って、矢野誠一さんの解説(旺文社文庫版の再録)をひさしぶりに読み返して、矢野誠一さん言うところの「佐野繁次郎ばりの、落語の本というにはあまりにモダンな、A版変型に造本された」著者自装の『落語手帖』の初版、昭和36年普通社刊の江國滋のデビュウ本をぜひとも見たい! と思ったら、ある人のご厚意で、あっという間にわたくしの手元にやってきて、やれ嬉しや、大感激。

 

左の紺の画像が表紙で、右が見返し。見返しの「sige」のサインも佐野繁次郎っぽい。いざ手にとってみると、しみじみ素敵で、あらためて江國滋のセンスに惚れ惚れだった。初版、再版ともに『落語手帖』のページのあちこちを彩っている江國滋による挿絵が、文庫本では省かれてしまっているのが、実にもったいないなあと思う。けれども、文章だけでも江國滋のセンスに惚れ惚れなのだった。

数年前、ぼくはラジオの東京のスタジオで、先代柳好のこの噺を聴いたことがある。その時の彼の出来栄えが頗る見事であったことを、ぼくはいまでもはっきりと覚えている。雪を払って入ってきた旅びとが囲炉裏にソダをくべる仕種や、玉子酒の飲みっぷりにみせた芸のこまかさ。その玉子酒に盛られた毒のために半死半生でころがるように逃げてゆく旅びとと、鉄砲をかかえてそれを追うお熊。啾々たる鰍沢の雪景色。……この夜の柳好の語り口には、蓋し鬼気迫るものがあった。そして、それから数日後だった、彼の訃報に接したのは――。ぼくは思わず暗然としてつぶやいた。
野だいこが主を失くせし寒夜哉

……さらにそれから数年。小島政二郎先生にお目にかかった折に、この話をしたところ、
「へえ? 柳好が『鰍沢』を?」
と、意外な顔をされ、
「あたしも柳好が好きですがね、『鰍沢』は聴いたことがありません。あたしは円喬の『鰍沢』を聴いてるんですが、ほんとうにうもござんした。夏の独演会で、自分のこの噺を聴いて寒くならなかった客には木戸銭を返すっていやがるんですよ。こん畜生と思うけど寒くなりましたね、円喬がやると、雪をおとした旅びとの背中から湯気が立つのが見えましたよ。柳好の旅びと、湯気が立ちましたか」
反射的にぼくは答えた。
「ええ、見えました。ほわほわっと湯気が立ってました」
これは嘘である。そこまではぼくにわからなかった。だが、あの後の柳好の高座を小島先生が聴いておられたら、きっと湯気が見えたにちがいないという気持ちで「見えました」と答えたのだった。先生は、前歯の抜けた口を大きくあけて、ハハハハと愉快そうに笑われた。


【江國滋『落語手帖』-「落語博物誌 一 かじかざわ」より】


大雨のなかやっとのことで帰宅すると、届いていたメイルに、小島政二郎が「週刊朝日」に連載していた『円朝』の、佐野繁次郎の挿絵についてのおはなしがあって、ホクホクは夜ふけまで続いた。

小島政二郎が『円朝』を連載していたのは昭和32年から翌年にかけて。この小説は未読だけど、存在を知ったのは、初めて上野文庫に足を踏み入れた2年前の6月、鈴本へ正雀さんの『真景累ヶ淵』を聴きに行く道すがらだった。小島政二郎の『円朝』はぶあつい旺文社文庫で、値段はえらく高かった。隣には安藤鶴夫の旺文社文庫、『三木助歳時記』が並んでいた。やっぱり値段はえらく高かったけど、実にいい眺めだった。

その初めての上野文庫行きのときは、さんざん長居したあげくに、佐多稲子さんの『私の東京地図』の講談社文庫版を、風間完の表紙に惹かれて買ったのだけれど、ほどなくして店主さん他界のため、上野文庫は閉店になってしまった。一度行っただけだったのに、胸にぽっかり大きな穴、だった。

小島政二郎の『円朝』はいつになるかわからないけれども、週明けには、河出文庫の新刊、正岡容の『小説 圓朝』を買って読もうかと思う。たのしみ、たのしみ。id:mittei-omasa さんの日記によると、えらく面白いんですって。ますます、たのしみ、たのしみ。