書肆アクセスにて:山田稔と加能作次郎

今日は前々から神保町へ行こうと心に決めていたので、朝からごきげん。が、出るのが遅くなってしまって、古本屋は見られず、でも目当ての書肆アクセスには行かれたので、よかった。このところ書肆アクセス以外で新刊本をまったく買っていない気がする。そろそろ文庫本の調達に行かねば…。

いつものようにいろいろ迷いつつも(迷うのがまたたのしい)、今日は当初の予定通りの本を2冊。

  • 山田稔『八十二歳のガールフレンド』編集工房ノア(ISBN:4892711373

まずガバッと手にとったのは、山田稔さんの新刊。フツフツと嬉しい。すぐに家に帰るのがもったいなくて、喫茶店に寄り道して、ソロリソロリとページを繰って、いつまでもフツフツと嬉しい。目次のあとに富士正晴の「死者を立たすことにはげもう」という言葉が添えられている。短いあとがきには「小説、エッセイなどのジャンルにとらわれないさまざまな散文をひとつに収めた本」というふうな言葉がある。去年に「みすず」で、今日とおんなじように寄り道のコーヒー屋さんで読んだ「シモーヌさん」以外はすべて初見の文章。目次の字面をゆっくり眺めているだけで、スーッとした心持ち。一番先に読んだのは「書棚の片隅」という一文で、次はページをソロリソロリとちょっと戻して、「雨」という文章。アルフォンス・アレーのことが書いてある。冒頭に抜き書きしてある、アレー生誕百年の折にジャック・プレヴェールがアレーに捧げた詩の一節、《あのころはパンはパンの味がした。葡萄酒は葡萄酒の味がした。そして哀しみにはときにはまだ笑いの味があった》からしてたまらない。

みすず書房の《大人の本棚》から復刊した『悪戯の愉しみ』を手にとる日がとても待ち遠しい。気になる新刊はいつもまずは図書館だし(今は坪内祐三『古本的』の入荷を狙っているところ)、図書館を経由せずに読みたい本も機が熟さないとなかなか買えない。でも、待っていると本当に機が熟すので、気長に待つとしよう。と言いつつも、発売まなしにパッと買うのはやっぱり格別なので、今回のようなパターンはひときわ嬉しいのだった。



先月「サンパン」の最新号を買いに行ったときに、アクセスで入手した「海鳴り」の最新号(17号:2005年5月発行)。これは迷わず購入だーとレジに持参したら無料で大喜びであった。書棚に立てかけておきたい美しいたたずまい。いつも思うけれども、アクセスで手にするのは書棚に立てかけておきたい本ばかりだ。

今年1月の「地下室の古書展(http://underg.cocolog-nifty.com/tikasitu/)」での EDI 3割引を機に、初めて EDI 叢書を買うことができた。そのときに買ったのは中戸川吉二(http://www.edi-net.com/sosho/nakatogawa.html)。帰宅後さっそく読みふけって胸がいっぱいだった。これもみんな地下室の地下室の古書展のおかげ、これからは書肆アクセスで少しずつ EDI 叢書を手にとっていきたいものだと未来のおたのしみが増えて嬉しかったのだけれども、その約半年後にやっと二冊目が実現。こちらもやっと機が熟したといえる。

二冊目は前々から機になっていた加能作次郎。加能作次郎の名前は、平凡社ライブラリーの『大東京繁昌記 山手篇』(ISBN:4582762867)の「早稲田神楽坂」の項の執筆者として知ったのが最初だった。飯倉片町の島崎藤村、丸の内の高浜虚子、芝・麻布の小山内薫といったような知名度ではなくとも、ひとたび読んでみると、加能作次郎の「早稲田神楽坂」は、『大東京繁昌記 山手篇』のなかでひときわ素敵だった。以来、何度読み返したことだろう。

と、くっきり加能作次郎の名前が記憶に残ったのだけれど、小説を読んだのはごく最近。2月に歌舞伎座で『野崎村』を見て、その折に参照した「演芸画報」の記事を機に藤沢清造のことで頭がいっぱいになってしまい、翌3月は、藤沢清造を追え! とひとりで燃えていた。その折に買ったのが「石川近代文学全集」第5巻の『加能作次郎・藤沢清造・戸部新十郎』(ISBN:4890100423)、なんとまだアマゾンで買えた。藤沢清造の小説は「稚拙」と言ってしまえばそれまでだけど「稚拙」という一言では片付けられない魅力というものがあり、読んでよかったと思った。しかしむしろ、収穫は加能作次郎であった。