歌舞伎座昼の部日記

今年のお節句は『髪結新三』見物なのだった。妙に早く目が覚めてしまい、無駄に早起きをしてしまう。早起きをしても特にすることがなく、バルトークのピアノ協奏曲を聴きながら掃除をしたあとで、早々に外出。開館間際の京橋図書館へ行った。

予約してあった北條誠著『市川左團次藝談きき書』(松竹本社演劇部、昭和44年)を受け取って、タリーズでコーヒーを飲みながらのんびりページを繰った。しみじみいい本だなあ! と、朝っぱらからうっとり。舞台写真がたくさんで、眺めていつまでも嬉しい。左團次の語り口がまた「しみじみ、いいッ」としか他に言いようがない。ホクホクと繰って、左團次にうっとり、というだけではなくて、明治から大正・昭和の歌舞伎の流れ、日本の近代と歌舞伎、というのがいつもながらにべらぼうに面白い。あたらめて田村成義という人物が非常に気になり、評伝のようなものをぜひともという人物の筆頭。吉住小三郎が「芝の旦那(六代目菊五郎)がシャッチョコ立ちしても、新蔵さんの獅子の真似だけはできねえや」と言っていたりとか、明治の新蔵のくだりも目にとまり、あいもかわらず源之助という人も気になり、それから、遠藤為春の父が横浜で座主をしていたとか、「市村座のお師匠番」の幸蔵のくだりもいいなあ。と、とにかくも、1冊全体で「いいなあ…」の言いどおし。

劇場にも早目に到着。筋書を買い求めてロビーのソファで眺めた。『市川左團次藝談きき書』を繰った直後に見てみると、昭和35年以来の上演となる『芋堀長者』は「二長町といふ感じ」だなあと嬉しく、前回の上演は松緑と当の左團次だったという事実にも心ときめく。今回の『髪結新三』は、その左團次みたく、三津五郎が忠七と家主の二役、というのにもますます興奮。……とかなんとか、三代目左團次がらみで、見る前から嬉しい本日の芝居見物だった。

  • 十八代目中村勘三郎襲名披露五月大歌舞伎『車引』『芋堀長者』『芝居前』『髪結新三』/ 歌舞伎座・昼の部

狂言立てがとっても好みの昼の部。どれもこれもそれぞれに面白かった。『芋堀長者』や『芝居前』のような珍しいものが嬉しいし、歌舞伎のよろこび全開の『車引』最高! と初っぱなから大喜びだしで、昼の部全体の流れが実に心地よかった。今年の節句は最高だった。

今回の襲名興行で一番たのしみにしていた『髪結新三』はやっぱりなにかと興味深くて、じんわりと残った。未来の見物につながる、といったような、わたしのなかで「そして、続く」という感じの残りかた。勘三郎の新三と富十郎の源七がパッと客席に一礼して幕が閉まるのを目の当たりにして、ジーンとちょっと泣けてきた。今回の『髪結新三』にたいへん感激したとか、思い出の名舞台だというわけではべつにないのだけれども、この先、10年後か20年後かに確実にこの瞬間を懐かしく思い出すのだろう、そんな瞬間のまっただ中に今いるんだなあということを思ってジーンだった。

勘三郎の新三はなんといったらいいのだろう、「おやおやおや」と思った。忠七を傘で散々に叩きのめすところの名セリフディスクでおなじみのくだり(六代目菊五郎の鼻にかかり具合、最高!)では、あんまり様式的ではなくもったりとリアルな感じだった。全体的に見て、新三という人物にあまり共感がわかず、一人の悪党を見るという感じが面白かった。3月の大蔵卿とか盛綱、4月の籠釣瓶でも、わたしはバカの一つ覚えそのままに、勘三郎が主役をやることで、はたまた襲名ならではの豪華な配役で見ることで、主役一人が際立たずにお芝居全体がひとつの群像劇のようにして見ることができたのが興味深い、と思っていたのだったが、『髪結新三』でもその群像劇ぶりがたいへん興味深かった。

非常に短絡的な類推で、身投げする忠七を源七が助けるところで、2月の鈴本で聴いた雲助さんの『文七元結』の身投げシーンを思い出した。『文七元結』も『髪結新三』も、小宇宙のように「江戸っ子」が標本化されている。と、『髪結新三』の世界に配置されているいろんな「江戸っ子」の姿、というのがとても面白かった。『髪結新三』を見るのは今回で4回目だけど、こんな見方をしたのは初めて。

『髪結新三』にはいろんな江戸っ子がいる。江戸っ子ぶっている新三の正体は「上総無宿の入墨新三」。『髪結新三』は、忠七や弥太五郎源七が新三に徹底的にコケにされる物語でもある。「江戸和事!」という風情ただよう忠七を助ける弥太五郎源七は、富十郎が演じていることで、ちょいとさわやかな江戸っ子ぶりが際立ってしまってもいるのが面白かった。落ち目の江戸っ子。忠七と源七が一緒にいることでなんとなく「敗残の江戸っ子」ということを思い出す。『髪結新三』は忠七や弥太五郎源七のような江戸ッ子の滅亡の物語なのかもなあと思った。その一方で、家主みたいな人がいるというわけで、いろんな「江戸っ子」が登場という群像劇としての『髪結新三』が面白かった。

今回収穫だったのが、三津五郎の忠七と家主の二役で、見る前は「おや」と思っていたけれど、いざ見てみると二役とも堪能だった。前々から勘九郎と三津五郎の共演がとりわけ好きだったけれど、『髪結新三』では忠七と家主が両極的に新三と深く共演する役というわけで、その二人の共演をそれぞれに堪能だった。三津五郎の家主を見て、ふと三木竹二の松助評にあった「苦労人の果で、俳諧の点取にでもこっていそうな大家さん」というくだりを思い出したりも。そんなところでも「江戸っ子」描写というようなことを思うのだった。

それから、こういう世話物はとりわけ、台詞を耳で追うのがたのしい。弥太五郎源七の両腕のキズは喧嘩の傷なのだそうだ。それに対して新三の腕の傷は前科者の入れ墨。弥太五郎源七の住む乗物町の理屈と新三の住む「川向こう」の理屈は違うらしい。とかなんとか、生粋の江戸っ子と木更津生まれの男の台詞の応酬でもって「江戸」という都市を思うのだった。富十郎と勘三郎、それぞれの口跡がよくて、このあたりのことがビンビンと響いてきて面白かった。セリフの応酬という点で、新三と家主のところもたいへん面白かった。新三が「先立つものはネコ」(だったかな)と言っているところが印象に残った。勘三郎(先代)のディスクで『髪結新三』を収録したものがあったはず、買ってしまいそう。

最終的に心に残ったのは、勘三郎の新三ではなく、富十郎の弥太五郎源七なのであった。はたまた短絡的に、久保田万太郎の『弥太五郎源七』という戯曲を思い出して、そのことが気になってしかたがなかった。そんなこんなで、帰宅後まっさきに繰ったのは歌舞伎の本ではなくて、久保田万太郎の全集。『弥太五郎源七』は昭和4年の作品で『大寺学校』と同年という事実に注目であった。初演は昭和11年新劇座、小堀誠主演。その5年後に文学座が再演、主演はなんと龍岡晋! 

とかなんとか、まとまらない感想ながらも、『髪結新三』見物はそれなりに面白かった。『髪結新三』はいつもその一筋縄ではいかないところが好きだ。次回の勘三郎の新三を見るのがとてもたのしみ。

購入本

歌舞伎座のあとは、先日発見できなかった『市川左團次芸談きき書』をもう一度じっくりと探索しようと、『市川左團次芸談きき書』が欲しい! の一念で、奥村書店に足を踏み入れたのだったが、うーむやっぱりどうやら見当たらないようだった。心の隙間を埋めるべく、三宅周太郎の『演劇巡礼』正続セットあたりを買ってしまおうかしら〜と一瞬思ったものの、『市川左團次芸談きき書』未発見のたびにほかの本を買っていてはお金がなくなって、いざ見つかったときに『市川左團次芸談きき書』が買えなくなってしまう、それでは困ると、今日のところはスゴスゴと退散。疲れた。

  • 渡辺保『批評という鏡』マガジンハウス(ISBN:4838715722

2000年1月、新之助の『助六』で始まり、2004年6月、海老蔵の『助六』で終わるという構成が見事な、渡辺保さんの劇評集。つい買い損ねていて、3ヵ月にわたる勘三郎襲名見物の最後の日に奥村書店で買うとしようと前々から心に決めていたのだったが、『市川左團次芸談きき書』のことばかり考えていてうっかり忘れていた、ということを思い出して、帰り道に購入。

「渡辺保の歌舞伎劇評(http://homepage1.nifty.com/tamotu/)」をまとめたもので、こういう本を待ちかねていた! と芝居見物者の一人として嬉しいのは言うまでもないのだけれども、2000年1月以来、劇評を欠かさずにチェックしていたかというと実はそうでもなく、いざ本をめくってみると、初めて読む文章がとても多いということに自分でもびっくり。はじめは、あの舞台やこの舞台、と自分内思い出の舞台を振りかえろうとランダムに繰ったのだったが、結構な割合であんまり評価がかんばしくなかったりして、そのたんびにしょんぼり。そんななか、2003年3月の富十郎の『吃又』が嬉しかった。あまり評価が一致しない分、未見の舞台の方が面白かったりして、現魁春の『卅三間堂棟由来』評に感激。それから、橋之助の劇評がたいへん興味深くて、おもしろかった。

まあ、じっくり読んで、いろいろと考えたいところである。うーむ…。