書肆アクセスショッピング

いかにも5月の気持ちのよい日暮れどき、心持ちよくふらっと神保町へ。堀切直人著『浅草』江戸明治篇を買いに、書肆アクセスへ行った。

堀切直人さんの『浅草』といえば、関東大震災から東京大空襲までを扱った第一弾(ISBN:4990170326)をアクセスへ突進して発売まなしに買って、帰宅後さっそくランランと読みふけった興奮の一冊だった。そのあとがきで予告されていたパート2が早くも実現、ワオ! とすぐさま買いに行く、その前に、一気読みだった第一弾をじっくりと再読してから満を持して、と思っているうちに、今日まで延びてしまった。しかし、待っていると本当に機が熟すから面白い。つい先日、昭和4年発行の現代ユウモア全集第18巻、徳川夢声・岡田時彦・古川緑波集『漫談レヴィウ』をちょうだいして、わーいとペラペラとめくっているうちに、メラメラと『浅草』再読モードとなり、このところとりつかれたように再びページを繰っていたのだった。

  • 堀切直人『浅草 江戸明治篇』右文書院(ISBN:484210046X

というわけで、念願の『浅草』第2弾、その名も「江戸明治篇」をやっと入手できる運びとなって、こんなに嬉しいことはない。3月に刊行されてからというもの、アクセスに来るたびに署名本が積んであって、わたしも早く買いたいものだと思っていたけれども、署名本はもう売り切れのようだった。と、今回はタイミングが合わなかったけれども、次回は署名本を買えるかな、かな。あとがきによると、第3巻は「大正篇」、最終巻は「戦後篇」で、『浅草』四部作が完結、とのこと。


と、『浅草』第二部を片手に機嫌よく、棚の物色を開始すると、前々から気になりつつも買い逃していた堀切直人さんの『本との出会い、人との遭遇』が目にとまった。こちらもやっと機が熟したかもっ、といったんは手に取ったものの、その直後べつの本が目にとまってしまい、激しく迷う。懐不如意によりお得意の衝動買いを今日はできないのであった。

  • 山崎省三『回想の作家たち 「芸術新潮」と歩んだ四十年から』冬花社(ISBN:4925236180

そんなこんなで、今日は新発見のこちらを手に取った。このような本が不意に目についてしまうのが書肆アクセスのすばらしいところ。見逃さないで済んでよかった。

昭和25年の創刊から「芸術新潮」の編集に携わってきた筆者によるメモワール。昭和25年の創刊時からの数年間、A5 サイズの頃の「芸術新潮」(その後 B5 になり、現在は A4)とその誌面・その時代は前々からの大きな関心事項なのだった。といっても、理由は単に、戸板康二が結構ひんぱんに登場しているうえに、その登場ぶりがなかなかいい感じだったから、というだけなのだけれども。「芸術新潮」が創刊されたのは、戸板康二がフリーの書き手として出発したのとちょうど同じ頃であり、また、鎌倉の神奈川県立近代美術館の開館と創刊が同年という事実にも注目であった。1950年代の「芸術新潮」を眺めていると、土方定一イズムのようなものをあちこちで感じることができる、ような気がする。

とかなんとか、結構前からぼんやりと1950年代の「芸術新潮」に注目していたのだけれども、去年の秋に古書展で『回想の向坂隆一郎』という本を入手し、戸板康二人物誌として、向坂隆一郎の名前をくっきりと心に刻むこととなった。向坂隆一郎は三岸節子の娘婿にあたる人で、「芸術新潮」には創刊から携わっていて文学座の分裂の昭和38年まで編集部にいた。向坂隆一郎が登場したことで、今までぼんやりと注目していた1950年代の「芸術新潮」と戸板康二の交わりががぜん面白くなった。さらに追求したいところなのだったが、モタモタしているうちに、向坂隆一郎と同じく、創刊から「芸術新潮」に携わっていた山崎省三のメモワールに遭遇したのだから、たまらない。ちなみに「芸術新潮」の初代編集長は菊池重三郎。

というわけで、これはもう見つけてしまったら即購入だったけれども、この本はタイトルの通りに、「芸術新潮」そのものというよりは、「芸術新潮」を通して出会った芸術家を何人か取り上げて回想しているというもの。主な登場人物は、林芙美子、石井鶴三、巌本真理、岡本太郎、瀧口修造、土方定一、利根山光人。瀧口修造のところでは、町とそこにまつわる文学、美術、演劇にまつわる人々といった神楽坂の描写がとてもよかった。それにしても、世田谷美術館の瀧口修造展に行き損ねたのが今さらのように悔まれる。創刊と開館が同時期の、土方定一のくだりはやっぱり興味津々。追々追求したい。巌本真理のくだりでは明治女学校のこと、瀧口修造では洲之内徹を読んで以来心に残っていた小泉清のこと、土方定一がらみではこれまた前々から気にかけている、舟橋聖一と田辺茂一、紀伊国屋書店・人物誌のようなもの(戸板康二も組み込みたい)などなど、芋づるがたくさんの一冊だった。

戸板康二もその場に居合せて証言を残している、昭和20年12月末の有楽座、チェーホフの『桜の園』上演を著者は、「姉の同級生がデビューするので」と友人に誘われて見に行ったのだという。丹阿弥谷津子のデビュウであった。巌本真理は「芸術新潮」よりも「暮しの手帖」を愛読していたのだという。……などなど、この本の背後にある昭和20年代いろいろがなにかとおもしろい。おのずと、「戸板康二と昭和20年代」ということをもっと考えたいと思うのであった。


後ろ髪を引かれつつも、今日のところは以上2冊を買って、じっくりと読みふけったあとで、また満を持して、次なる本を買いに来るとしようと、さわやかにお会計。…のその前に、見物し損ねていた「古本屋の書いた本」展目録を手に取った。

  • 「古本屋の書いた本」展目録(東京都古書籍商業協同組合、2005年4月)

「easy traveler」(http://www.easytraveler.org/)の新しい号も一緒に買った。


いかにも書肆アクセスという感じの買い物はいつもひときわたのしい。