月の輪書林の目録

雨のなかヨロヨロと自宅にたどりつき、郵便受けを開けてみると月の輪書林の目録が届いているので、いきなりびっくり。「田村義也の本」の文字の表紙からしてとても素敵でうっとり、ひとたび繰ると、いつものようにページをめくる指が止まらない、止まらないと、それにしても今回もたいへん見事な見事な目録で、いつものようにひたすら興奮。家事はおろか、手洗い・うがいも後回しにして、一心不乱にページを繰ったあげくに、さっそく注文のファックスを送信。明日は早起きして、またゆっくり何度でも眺めるとしよう。「長岡光郎の旧蔵本」コーナーで急に思い出した、買い損ねていた中公文庫の新刊の、柴田錬三郎の『わが青春無頼帖』を買わねば、とメモ。戸板康二の著書だと『ぜいたく列伝』と『あの人この人』が単行本、文春文庫版ともに田村義也の装幀なのだけども、ふと『ぜいたく列伝』の束見本のことを思い出した。

更新メモ

先月中旬、歌舞伎のあとに久保田万太郎の芝居の見物に出かけ、以来、べたりと心に貼り付いて離れなかった。久保田万太郎を読み始めたのは2001年の年末で、万太郎に夢中になったまなしの翌月に文学座のアトリエで加藤武の主演で『大寺学校』の上演があった。絶好のタイミングだった。やれ嬉しやと戸板康二の命日に見物に出かけ、その日、初めて久保田万太郎の芝居を見た。その文学座のアトリエで久保田万太郎の戯曲を年に1度(?)上演している「みつわ会」のチラシを入手し、またもや久保田万太郎の戯曲の上演を見ることができるとはなんと嬉しいことだろうと、同年3月に六行会ホールでの上演を見ることとなった。その年の上演は『水のおもて』と『螢』だった。昭和12年作『螢』は花柳章太郎の当り芸として上演されていて、もう一方の『水のおもて』は初期の大正2年の作品で、こちらは本邦初の上演だったかと思う。脚本で読んだだけでもいつもの万太郎世界を堪能していたけれども、いざ上演を見ると、読んだだけでは見えなかった部分がよくわかって、収穫大だった。とにかくも、毎年3月に六行会ホールで、久保田万太郎の芝居に接することができる。毎年の年中行事にしようと心に決めたのだった。

と言いつつ、以来ずっと見逃していて、先月、3年ぶりにみつわ会の上演を見ることとなった。今年は『通り雨』(大正15年)と『くさまくら』(昭和22年)。3年ぶりに六行会ホールの劇場の椅子に座ってみると、上演前からまずは客席の独特の「品のよさ」のようなものにたいへん心が洗われるものがあった。いかにも戸板さんがどこかに座っていそうな雰囲気。そして、ひさびさに久保田万太郎の芝居に接すると、思っていた以上に余韻がとっても深かった。観劇前に本棚から『久保田万太郎全集』を取り出して、戯曲をいったん読んだのだったが、そのあともついいろいろと寄り道、とにかくも全集はたのしい。『久保田万太郎全集』が部屋の書架にある幸福を思った。新・読前読後(id:kanetaku:20050202)言うところの「断簡零墨趣味」が刺激されまくり。

そんなこんなで、前置きが長いけれども、これを機に『久保田万太郎全集』の目次をこしらえることにした。ずいぶん前から自分用に作成しようと思っていたので、やっと実現して嬉しい(でもまだ中途)。→ http://www.on.rim.or.jp/~kaf/carnets/books/kubota.html

こうして作ってみると、久保田万太郎は小説、戯曲、俳句だけではなく、随筆、とりわけ演劇随筆の書き手として強化したいとあらためて思った。全集を入手した頃から大好きだった文章のひとつが『沢村源之助』という文章で、初出は大正7年の「演芸画報」なのだなあ、とあらためてしみじみ感じ入ってしまうのだった。と、ここで思い出すのが、この時期に「演芸画報」の演劇記者として働いていた、万太郎と同年生れの藤沢清造のこと。で、合わせて、「演芸画報」の藤沢清造署名記事リストをつくった(だからなんだという感じではあるが)。→ http://www.on.rim.or.jp/~kaf/carnets/books/fujisawa.html