映画メモ:アキコ・カンダの肖像

  • 羽田澄子『AKIKO あるダンサーの肖像』 *1 / 東京国立近代美術館フィルムセンター《フィルムは記録する2005:日本の文化・記録映画作家たち》 *2

先月に鈴木英夫の映画を見た折に本特集の案内を入手したときは狂喜だった。アキコ・カンダのドキュメンタリーの存在はそのとき初めて知った。なんとしても見なければならぬ、と思った。と言っても、羽田澄子の仕事を追うとか、アキコ・カンダに大きな関心があるとか、そういうわけでは全然なく、「もしかしたら戸板康二が写るかも、キャッ」というのが一番の動機だった。

戸板康二とアキコ・カンダの交流は、昭和46年に戸板作・金子信雄主演の戯曲『風車宮―エルバ島のナポレオン』が三越劇場で上演されたとき、アキコ・カンダの一人息子が子役に抜擢されたことから始まって、そのあとでアキコ・カンダの舞台を見てたいへん感銘を受けた戸板さんは作者や演出者として、次々とその公演に携わるようになる。昭和51年刊の篠山紀信の写真集『DANCER アキコ・カンダの世界』(世界文化社)では序文を寄せている(この本、たまに見かけるけど、いつも安くない)。というわけで、アキコ・カンダは、戯曲を書き始めてからの戸板康二、『ちょっといい話』の人になってからの戸板康二、を追う際の重要人物のひとりなのだったが、実のところ、わたしはこのあたりのことはまだまだ疎いことばかり。そんなわけで、このドキュメンタリーは一級の戸板資料でもあり、その存在を知ることができたことはたいへん喜ばしい。とにかくも、戸板康二道的に見逃せない映画なのだけれども、さらに、記録映画ということ、身体表現ということ、をちょっとだけ考える機会にもなれば、戸板さんを機につながる「芋づる」ということで、こんなに嬉しいことはない。そんなこんなで、本上映はわたしのなかでは大事件だった。

なんて言いつつも、この映画を見に来たのは「もしかしたら戸板康二が写るかも、キャッ」以上の目的はなかった。と、あまりにしょうもない動機で申し訳なかったのだけれども、いざ見てみると、これがとてもよかったのだった。動機があまりにしょうもなかったわりには、見終わったあとは崇高な気持ちにすらなった。でありながらも、「もしかしたら戸板康二が写るかも、キャッ」という目的も見事に達成。言うことなし、だった。

海岸に立つアキコ・カンダ、波しぶき、曇天、音楽は高橋アキの弾くサティ、というシーンで映像は始まり、自宅からスタジオへと向かうアキコ、のあとは、スタジオで踊るアキコ・カンダの身体を捉えるショットがしばらく続く。このときのアキコ・カンダの小柄で痩身な肉体が美しくて美しくて、汗がびっしょりで足跡が床にべったりで教え子がそれを追うようにしてぬぐっていく、という、ただ目の前の光景に圧倒されて、ハッとするけれども、なんだかとっても爽快なのだった。爽快さは映画全編で味わう感触であるのだけれども、この爽快さはどこからくるのだろう。

その研ぎ澄まされた肉体が象徴しているように、アキコ・カンダという人全体、彼女には「ダンス」しかない。「ダンス」に収斂されて浄化されてしまって、身体の内外ともに、ほかにはもうなんにもないというような人で、アキコ・カンダ本人もそのようなことを自ら語っているシーンがある。そういう人の数ヵ月の日々、ダンスしているとき・していないとき、公的な場にいるとき・私的な場にいるとき、一人でいるとき・周囲の人間に囲まれているとき、といった様々な角度から、「ダンス」に収斂されたアキコ・カンダという「ダンサー」を追う。全体を見通すと、たいへん上質な仕上がりの「記録映画」で、堪能だった。

微細なところでも、目にとまるところが多々あり、なにかと面白かった。アキコ・カンダ、実年齢としては中年の女性ということになるのだろうけれども、お酒をガブガブ、タバコをスパスパがとてもよく似合うハードボイルドなかっこいい外見とは裏腹に、内部は少女そのまんまというのか、一人称は「アキコ」。「アキコはね…、アキコは…」というふうにしゃべり、アパートの部屋にはぬいぐるみがたくさん。この情景を見て、わたしの頭のなかは一気に六代目中村歌右衛門。山田五十鈴先生のことも思い出した。ぬいぐるみ趣味というのは、芸道まっしぐらの女の人にありがちな嗜好なのかもしれない。って、歌右衛門は「女形」だ。それから、「A」「K」「I」「K」「O」のアルファベットの5つのウサギの置き物は、戸板さんからのプレゼント? 

戸板さんといえば、この映画の撮影は1984年で、9月にアキコ・カンダは俳優座劇場で『マグダラのマリア』を踊っている。この作と演出が戸板康二ということになっているので、「アキコの一間きりのアパート」で開催の打ち上げの席に戸板康二先生のお姿があった。キャメラに向かって一瞬、アキコさんが「戸板先生ですッ」というふうに紹介してくださって、スクリーンに戸板さんが一瞬写る。と、この瞬間、心のなかで絶叫、狂喜乱舞であった。映画館の大スクリーンで戸板康二の姿を目の当たり、という機会はほかにあるだろうかと、「キャー!」ととにもかくにも大喜び。その打ち上げの様子、まわりのスタッフの醸し出す雰囲気とで、演劇人としての戸板さんのおいていた社交の雰囲気のようなものがなんとなく実感できたのも嬉しかったことだった。戸板さんのお眼鏡にかなった人物としてのアキコ・カンダ、という見方もしてしまって、なにかと興味津々だった。

十代のときにアメリカにわたったアキコ・カンダ、若かりし日の写真がとてもかわいらしい。帰国後結婚したものの「アキコにはダンスしかなかったの」と離婚したあとは、アキコさんは都内でダンス、一人息子は大宮の実家に預けられ、祖母と姉に育てられる。という家族の肖像のシーンがとてもよかった。アキコさんと違ってたいへん大人びている成人後の青年、着物姿の「剛」という感じのかっこいいお母さんにお姉さん。お母さんがなかなか味わい深く、おでんを食べながらビールを飲んでいる娘に小言を言うところとか、小言を言いつつ一人暮らしでかわいそうだしと娘をきづかったりとか、場内からもクスクスと笑い声、どこにでもよくある家族の姿で、とてもよかった。何年も宝塚に教えに行っていて、車で現地に向かうところ、くわえタバコでハンドルをきるところとかもよかった。アキコさんのまわりの教え子たちの肖像もよく撮れている。アキコ先生が留守の間にアパートの掃除をする少女たち。キャメラの前で照れたように掃除の終わりを告げる少女たち。

などなど、一人のダンサーを捉える映像は、ある一人の女性の「わたしの生きる道」といった歳月を映している。爽快、だった。と同時に、戸板康二がらみでも、見ることができてたいへん喜ばしかった。写真集、『DANCER アキコ・カンダの世界』を今度見つけたら、買おうと思う。


参考:http://www.jiyu-kobo.com/akiko.html

羽田澄子と自由工房[2]/モダン・ダンスの第一人者、アキコ・カンダがある公演に臨み、自分のダンス人生や生活、家庭観などを語る。当初は公演記録をメインにした50分の作品を予定していたが、工藤プロデューサーの「勝負は舞台のあとにある。僕たちはもっと稽古場に通おう」という言葉から長篇へと変貌、撮影は7か月に及んだ。アキコ・カンダのダンスに合わせて写真家・篠山紀信が舞うようにシャッターを切り、さらにその二人を流麗なキャメラワークがつかまえたラストは特に印象的。(チラシ解説より)