すばらしき古書モール

まずは前日の続き。前々から欲しかった文庫本を立て続けに入手してホクホクとしているうちにいつのまにか古本気分が盛り上がり、ふと思いついて「神保町古書モール」の見物に行った。狭いエレベーターで5階の「古書モール」にたどりつき、足を踏み入れたとたん、今日もずいぶんゆったりとした売場。心ゆくまでのんびりと本を見られるというところがたいへん嬉しい。ワオ! とよい気分で書棚を眺め始めた。

  • トルストイ/藤沼貴訳『幼年時代』(岩波文庫、1988年第13刷)
  • 福原麟太郎訳『ホーソーン短篇集 七人の風来坊 他四篇』(岩波文庫、1990年第10刷)

すると、岩波文庫がちょっとだけまとまって並んでいるところで、『幼年時代』が200円で売っているのを発見して、さっそくわーいだった。先ほどのギャスケルの『女だけの都』に引き続いて、読みたいと思った岩波文庫を立て続けに入手できて嬉しい。ほかになにかあるしらと眺めると、福原麟太郎訳の『ホーソーン短篇集』というのがあった。こちらは今回初めて知った本。福原麟太郎訳の岩波文庫というと、あともう1冊、トマス・グレイの詩集、『湖畔の哀歌』(ISBN:400322101X)があり、2002年秋の一括重版のときに買った。

  • 網野菊『さくらの花』(新潮社、1961年)

昭和30年代くらいの初版本がまとまって揃っている、グラシン紙のかかった古めかしい背表紙の並びがなにやらそそる一角があって、どんな本があるのだろうと眺めてワクワク、ほとんどすべての本に「署名本」というラベルが貼ってある。なんとはなしに手にとってびっくり、その一角、十返肇宛の署名本なのだった。うわー! と、思わず数冊立て続けに署名を確認して遊んでしまった。千鶴子さん宛の署名本もあった。十返肇と一緒に藤原審爾宛の署名本も何冊かあり、それから徳川夢声の『私の動物記』の宛名にびっくり。さらに、岩波文庫の前川堅市訳『恋愛論』(だったかな)の献呈先が戸川秋骨なので「ギョッ」だった。ここまで来るとだんだん感覚が麻痺してきて本当かなあという気になってくる。もともとその古めかしい本の並びがなかなか好みだったので「ちょいと買ってみようかな」という本はいくらでもあるし、値段もわりかしお手ごろ、なにか記念に買っていこうと思った。いや待てよ、十返肇宛の戸板康二署名本があったら、ダブリでも絶対に買う! と急にメラメラと燃えて、探索開始。で、戸板さんのはどうやらないようで安心したあとで、どの本にしようかとしばし迷うことになった。河盛好蔵訳のコクトオはちょっと値段が高いかな、荒正人の新書にしようかな、青山光二がいいかな、うーん、どうしようと思ったところで、網野菊さんの『さくらの花』を発見。網野菊さんは少しずつ全著書を集めたいと思っている書き手の代表格。もともと未所持な上に値段はお手ごろだし十返肇のもとに届いた本だったと思うと嬉しい。嬉々と手に取った。思えば、網野菊さんに導かれて岩波文庫のギャスケルを買いに来た神保町、なかなか味なことであった。

  • 河盛好蔵『巴里好日』(文化出版局、昭和54年)

河盛好蔵は「古書展」映えのする書き手だ。訳書とか著書の初版本をちょくちょく目にし、値段はたいてい500円以下。いくらでも欲しいけれどもいつでも買えるしとも思う。そして、いざ買うとそのたびにいつも嬉しくて、なぜもっと早く買わなかったのだろうと思う。と、その確実に待っている愉しい未来ゆえに、古書展のたびに「河盛好蔵」の文字を何度か見かけてはいい気持ちになる。十返宛の署名の文字に和んだ直後に、『巴里好日』を見つけた。手にとって目次を眺めると、いつもの通りにとってもいい感じ。ふらんすエッセイはもちろん、主に全集の月報に寄せた文章を集めている「人と作品」の章が嬉しく、こういうのはいくらでも読みたいもの。まっさきに「谷崎文学と関西」を読んだ。久保田万太郎、福永武彦、大佛次郎、中野重治、吉田健一といった顔ぶれ。文庫の発見を待つよりも、河盛好蔵の場合は初版の単行本で読むのがいかにも似つかわしい。値段は300円だし、装幀が栃折久美子だし、と機嫌よく手にとってホクホクだった。


それにしても、「神保町古書モール」はすばらしい。置いてあったチラシには「連日開催 年中無休」というふうに書いてある。たまたま古書展に行くことができた土曜日、たまに開催のデパートの古本市のときのみに味わうことができる、書棚から書棚へ、の楽しみが毎日夜の8時まで待っているなんて! 値段はわりあいお手ごろで本の並びもなかなか好み、もともと持っている本がずいぶん安くてギャフンとなるのも楽しく、以前どこかで見たときよりもずっと安いとシメシメとなるのも嬉しい。というわけで、かさねがさね、古書モールに栄あれ! と強く思う。

神保町古書モール:http://www.uranus.dti.ne.jp/~munta/ 



……と、ギャスケルと2度目の古書モールにすっかり興奮、古本買いの歓び大増殖なのだった。でも昨日は閉店近かったのであまりゆっくりはできなかった、もうちょっと探索してみたい気もするという心残りがあって、古書モールのことばかりを考えていた本日の日中。ほかに考えることはないのだろうか…。

そんなこんなで、本日も神保町に寄り道。「連日開催 年中無休」の神保町古書モール、こちらの気分も「年中無休」。十返肇献呈署名本の棚をもう1度ゆっくりと調査したあとで、今日ものんびりと棚をめぐった。今日も、古書展っぽい買い物ができて満足満足。でも、まだまだ見足りない気もするので、また行くとしよう、何度でも!

本日のお買い物は、

  • 品川力『本豪落第横丁』(青英舎、1984年)

わーい、前々から欲していた本にふいに遭遇。実は先日、『早稲田文学人物誌』を買った目録で一緒に注文したばかりだったのだけれども、こちらは売り切れだったのだ。目録よりも安くて嬉しい、しかも献呈署名入りだとシメシメ。ペリカン書房というと、西秋書店さんのサイト(→ http://www1.ocn.ne.jp/~nishiaki/soieba/soieba005.htm)なのだった。串田孫一の『日記』(実業之日本社、1982年)を機に知った本で、串田孫一の『日記』から始まった、戦前の同人誌「冬夏」の芋づるはこんなところにも及んでいる。これを機に青木正美著『古本屋奇人伝』も入手せねばとメモ。

  • 佐多稲子『生きるということ』(文藝春秋、昭和40年)

いったい何冊あるのだろうというくらいたくさんある、佐多稲子さんによるいろいろな媒体に寄せた文章を集めた随筆集も古書展でのたのしみのひとつ。たいていいつも300円以下で、気まぐれにひょいと買ってはたのしんでいる。これは函入りの小ぶりの本で、朝倉摂による装幀がちょっと独特。あとがきに「この書を若い女性たちにおくりたい」とある。佐多稲子さんの文章は、女性向けのところは堅苦しかったりもしてあまり共感がわきにくいということがママあるのだけれども、そういうところも含めて、佐多稲子さんならではの潔癖さに謙虚に接するという時間がなんだか好きだ。そして、回想の東京描写、文士の交流といったくだりがいつも素敵。

  • 生島遼一 桑原武夫『文学と女の生き方』(中央公論社、昭和30年)

佐多稲子さんの『生きるということ』に「文学のなかの女性像」というコーナーがあるなあと思っていたところで、この本を発見。古本屋でのいつものたのしみ、古い新書コーナーにて。樹木の柄が白く描かれているカヴァーがなんとなく典雅で素敵、と思ったら、装幀は岡鹿之助なので大喜びだった。『ボヴァリー夫人』を生島、トルストイ『復活』を桑原、『パルムの僧院』を生島、プーシキン『大尉の娘』を桑原、というふうに、交代で論じている小文集。山田稔の師の両氏による新書。東大仏文科・人物誌と同じように、京大・仏文科人物誌も顔ぶれがなんとも魅力的で、河盛好蔵も一員に加わることだし、ぜひとも追いかけたい線である。

  • 朝日新聞学芸部編『一冊の本』(雪華社、昭和38年)

朝日新聞に掲載のさまざまな書き手によるコラム「一冊の本」をジャンル別に編集して1冊にまとめたもの。戸板康二は「職業別電話帳」を挙げていて、そのエッセイは前々から好きな文章だった。その初出誌として「一冊の本」という文字を目にしていた。やっぱりアンソロジーが出ていたのだ、と嬉しかった。活字のみの装幀の、函とカヴァーの色違い、配置違いというデザインがなかなかいい感じ。朝日新聞のアンソロジーというと『私の文章修行』(1979年、装幀は池田満寿夫)というのもあり、これは思い出の伊勢丹の古本市で、今回と同じ300円で入手していて、こちらにも戸板さんが素敵な文章を寄せている。と、これも、いかにも古書展にぴったりの本。

武智鉄二が杉山其日庵『浄瑠璃素人講釈』について書いている。岩波文庫(ISBN:4003117425)の解説で内山美樹子さんが言及していた文章だ! と興奮だった。《一般の人に読んでもらうためにも、是非復刻して欲しい著書である。》とあるのを見たとたん、急にジーン。「岩波文庫になったよッ、武智!」とひとりで熱くなってしまった。福原麟太郎は『饗庭篁村集』を挙げ、串田孫一はデュアメルを挙げつつ「冬夏」に執筆した尾崎喜八に言及、などなど、見逃せないくだり多々あり。