義太夫でお散歩、講談社野間記念館

予定通りに早起き。たまにうまく計画通りに時間を有効に使えると本当に嬉しい。いつもこうだったらどんなにいいだろう。美術館の開館時間にぴったりと到着するような頃合に外出。越路大夫の『卅三間堂棟由来』をイヤホンで聴きながらテクテクと歩いた。ずっと前に図書館で借りて録音しておいた音源。先月の文楽のあとで急に存在を思い出したのだった。やっぱり全体の曲調がなんだか好きだ。聴いているうちに「いいぞ、越路ッ」とだんだんハイ、おのずと歩調もズンズンとなってくる。雪上がりのツンとした冷気と木漏れ日が気持ちよい目白坂、この坂は確実に東京の好きな坂ナンバー5に入る道(ダントツナンバーワンは久保田万太郎が戦前に住んでいたとある坂道で、残りの3つは不明)、ひさびさに歩いてさらに気分上々。ちょうど越路が終わるという頃に講談社野間記念館の門前に到着し、万事快調。

初めて訪れた講談社野間記念館はたいへんすばらしかった。お土産に絵はがき3枚購入。鏑木清方の《夏の旅》と鴨下晁湖の《舌切雀》、画像は山川秀峰の《螢》。絵葉書売場ではまっさきにまずはこの《螢》の美しさにうっとりして画家の名前を確認したら、山川方夫のお父さん、清方門下の山川秀峰なので「まあ!」と大感激だった。書物と美術、の歓びということが嬉しい講談社のショウルーム的な美術館で最後に目にしたのがこの絵葉書、というのがなんともよかった。いつか原画を見たいものだと思った。

今日飲んだワインはおいしかったなあと、夜も更けて、自宅までの帰り道、ヨロヨロと今度は山城少掾の『葛の葉』を聴きながら歩いた。『葛の葉』が終わっても到着ならず、越路大夫の『卅三間堂棟由来』に突入してしまった。ずいぶんくたびれた。

展覧会メモ

  • 近代日本の風景画 / 講談社野間記念館 *1

講談社野間記念館所蔵の日本画と洋画の「風景画」の展示と合わせて、《誌上の光彩―『キング』創刊80周年記念》として、昭和2年の『明治大帝』、昭和6年の『明治大正昭和大絵巻』と題する「キング」の冊子付録の原画の展示がある。この「キング」昭和6年新年号の『明治大正昭和大絵巻』にとにもかくにも大感激だった。いろんな画家が1年に1枚というふうにその年にちなむ題材の絵を寄せているというもので、その顔ぶれがなんとも豪華、時系列に目に映る「明治」を追いながら同時代の文学や芝居に思いを馳せるのも格別なのだった。ウキウキと見物を開始してさっそく、先日竹橋の近代美術館でその版画を見たばかりの山村耕花の《横浜居留地》と題する明治2年を描いた絵が、横浜ならではのハイカラさが西洋の絵本のようでもあり、いいなあと思っていたら、その下にある明治6年は同じく横浜で《京浜間鉄道開通》を描いている、画家はなんと小村雪岱! と大喜び。昭和5年の作品で、いかにも雪岱の構図の妙にニンマリだった。空が青くて広くて、そこに数々の風船がふわふわと舞っていて、建物などを描いた筆致も雪岱ならではの繊細さがたいそう美しい。ああ、なんて素晴らしいのだろう。

そして、時系列に「明治」を追うことで同時代の歌舞伎に思いを馳せていたところで、明治20年はそのものズバリ歌舞伎、天覧歌舞伎の『勧進帳』を見ることになる。その描き手はなんと! またまた雪岱でこれでもかと嬉しい。團十郎の目玉とカーテンに隠れた「天子さま」の配置がたのしい。雪岱は合計3枚で、最後に見た明治23年の《浅草の賑わひ》では十二階を描いていて、これがしみじみ見事で、雪岱を締めくくるにふさわしい1枚だった。先ほどの横浜と同じように空の色がとても心にしみる。「浅草」という単語から連想するような雰囲気とはかけ離れた浄化されたような美がそこにある。昔のことを思い出すと記憶が純化されて美しいことしか覚えていない、というような結晶みたいな「十二階」だった。思えば、これらの『明治大正昭和大絵巻』が描かれたのは「明治は遠くなりにけり」と同時代の作品ということになる。そういう「明治は遠くなりにけり」が根底にある原画の数々、その余韻はとっても深かった。原画とともに印刷された誌面の展示が用意されているのがまたよかった。記事の文字にも目をこらしてつい長居。

というふうに、講談社というと思い出す「キング」という昭和初期の出版史とともに絵を見るというのがとてもオツで、このような展示を提供している講談社野間記念館という設備そのものに感激だった。HOUSE OF SHISEIDO などとおなじように、企業の PR ならではの至れり尽せりの館内の設備が嬉しくて、休憩所の窓からの眺めがよかったりして、たいへん居心地がよい。

「キング」の付録にばかり感激してしまったけれども、メインの風景画の展示も面白かった。無心に絵を見ていくのはいつもとてもたのしい。日本画の方では明治末期の横山大観の富士がよかった。この頃の大観の岡倉天心との絡みに興味津々で、同時代の美術に思いを馳せながら見るのがたのしい。大観は昭和2年の「キング」に寄せた《千代田城》でも登場。6000点あるという野間清治の色紙コレクションもたのしくて、山本丘人と福田豊四郎の「十二ヶ月図」がどこか童話の挿絵ふうだったり雑誌の表紙のようでもあったりと、なんとはなしに出版と絵画、ということを思う。東山魁夷による雑誌の表紙絵の展示もあり、なにかとたのしかった。洋画の風景画では、林武や中川一政のデロッとした絵の具づかいが興味津々でおもしろかった。

そんなこんなで、早起きのおかげで、ささやかながらもたいへん至福の展覧会見物ができた。散歩コースとしてもたのしいし永青文庫もすぐ近くだしで、またあたたかくなったら、足を運びたいものだと思う。次回は3月19日から5月22日まで、《野間コレクションの名品展》が催されるとのこと。どんな絵が見られるのだろう、今回の雪岱みたいなびっくりがまたあるかも。たのしみたのしみ。と、すっかり講談社野間記念館のファンになってしまった。