神保町にて

本日の戸板メモ:いつもたのしみの「退屈男と本と街」(http://taikutujin.exblog.jp/)、「雑学的字幕人生」(http://taikutujin.exblog.jp/1702692)に戸板さんのちょっといい話が! 月初め早々大喜びだった。ハヤカワ文庫の清水俊二著『映画字幕五十年』を買いに行かねば…。

購入本

夕刻、ふらっと神保町に寄り道。今日から3月だというのにまだまだ寒いなあと思ったところで、またもや「映画の日」に映画館に行き損ねてしまったことに気づいた。いつになったら「映画の日」に映画を見られるのだろう。

  • 木村荘八『東京の風俗』(冨山房百科文庫、昭和53年)

いつもたのしみにチェックしている巖松堂の文庫新書コーナーでまやもや、前々から欲しかった本が安く売っているのを発見。わーいと手に取った。この『東京の風俗』は坪内祐三著『新書百冊』(ISBN:410610010X)で欲しくなった新書のひとつ。

冨山房百科文庫は解題(解説)も充実していた。『東京の風俗』の前田愛の解題も、『退屈読本』の丸谷才一の解題も、『完本 茶話』の向井敏の解説(その「注記」で向井敏は、本来の解説者だった谷沢永一が、「折あしく宿痾の鬱症が昂じてしばらく休筆のやむなきに至り」、自分はそのピンチヒッターであると書いているのだが)も愉しかった.。楽しくて、しかも勉強になった。楽しかった、というのは、彼らが皆、冨山房百科文庫という、時代の流れから少し退いたシリーズの解題(解説)の場に、くつろいでいる感じがしたのだ。つまり浴衣がけの感じがしたのだ。

わたしが唯一新刊書店で買った冨山房百科文庫は佐藤春夫の『退屈読本』上下で、冨山房百科文庫という器がまさしくぴったりの見事な1冊だとつねづね思っている。頬擦り本という感じ。ほんの数冊しか手元にないけれどもひさびさに冨山房百科文庫を買ったことで、冨山房百科文庫の並び、みたいなものにちょっといい気持ちになった。『東京の風俗』の巻末の既刊書リストを眺めて、次は、テオフィル・ゴーチェ/渡辺一夫訳『青春の回想』、加藤周一・中村真一郎・福永武彦『1946・文学的考察』、サント・ブーヴ/土居寛之訳『月曜閑談』がよさそうだなあとか、明日の古本の夢が広がるのだった。


と、『東京の風俗』にいい気分になり、さらに心持ちよくウカウカと適当にめぐっていたなかで、ふらっととあるお店の美術書コーナーにたどりついた。なかなかいい並びで眼福眼福と思っていたなかで、ふと鍋井克之の本が目にとまる.

  • 鍋井克之『閑中忙人』(朝日新聞社、昭和28年)

背表紙の「鍋井克之随筆集」と「閑中忙人」という活字の並びからしていい感じで、つい手にとってしまうのだった。本体のみのせいか、えらく値段が安かった。鍋井克之の随筆集は前々から読んでみたいと思っていたことだし、と嬉々と購入。先週、宇野浩二の本を買って鍋井克之のことを思い出していたところだったけれども、『閑中忙人』は巻末に宇野浩二による「鍋井克之といふ人」という一文を収めている。扉には「閑中忙人」に「ひまでいそがしいひと」とルビが振ってあって、ますますいい感じ。『閑中忙人』、実にいいタイトルだ。鍋井克之の随筆集というと、前々から『和服の人』というタイトルが大好きだった。こちらは目録で見かけるたびに高価なのだけど。

鍋井克之の名前を心に刻んだのは、戸板康二の昭和20年代の劇評集、『今日の歌舞伎』の装幀者として、というのが最初だったかと思う(→ 戸板康二ダイジェスト:http://www.ne.jp/asahi/toita/yasuji/a/013.html )。京都の出版社、関逸雄という若旦那がキリモリしていた和敬書店との縁で、鍋井克之に装幀をお願いする運びになったというようなことを戸板さんがどこかで書いていた記憶がある。鍋井克之の絵そのものは、佐野繁次郎の装幀に胸を躍らせた、山本為三郎著『上方今と昔』(→ 2年以上前に作成の自作のファイル:http://www.on.rim.or.jp/~kaf/days/image/2003-01_28.html)で心ときめかしたものだった。そして、鍋井克之の単著は去年9月に、『大阪繁盛記』(東京布井出版、1994年)を買ったのが最初。木村荘八の『東京繁昌記』の西として編まれた豪華版の本がもとになっている廉価版で見かけはしょぼい。けれども、冨山房百科文庫の木村荘八を買ったあとで、鍋井克之を手に取ることになるとは、なかなか味なことであった。と、そんな自己満足がたのしい神保町の夕べ。

さらに、鍋井克之の随筆に関しては、「BOOKiSH」第8号《画家のポルトレ》(ISBN:4894920719)に、林哲夫さんの「鍋井克之の文筆再評価を促す」というすばらしい文章があるので、ますます嬉しいのだった。


いつのまにか新しい月になっている、こうしてはいられない、「東京かわら版」を買わねばならぬと、最後は書肆アクセスへ。

  • 林哲夫『さらば、父たち』P-BOOK 02(すむーす堂、2004年12月)
  • 弥吉光長『チェンバレンの交友』こつう豆本82(日本古書通信社、昭和63年)

鍋井克之の本を買って林哲夫さんのことを思い出したあとで目にする「Pブック」! 古本を再利用しているという表紙、これは実際に手にした人だけがわかる、あんまり素敵でとにかくもうっとり、こうしてはいられない、1冊300円、売りきれないうちに一気に3冊に買い占めないとッと興奮したのだけれども、たのしみを分散させたい気もする。今回のところは保昌正夫さんに関する『さらば、父たち』を。このあと帰り道の途上の喫茶店でさっそく読みふけって、読了後は部屋の本棚に立てかけておきたい素敵な本。本棚に立てかけておきたい本というと、『酒はなめるように飲め 酒はいかに飲まれたか』(http://www.groupsure.net/books/drink.html)とか野見山暁治さんの『パリ・キュリイ病院』(ISBN:490211626X)といった本がまず思い浮かぶ。「アクセス」的な本というのはえてして本棚に立てかけておきたい本、なのかも。『さらば、父たち』を読んで、先月、ささま書店の100円コーナーにて迷った末に結局見送った、『現代日本文学全集85 大正小説集』(筑摩書房、1957年)を買っておくべきだったと激しく後悔。ああ、100円なのになぜ見送ってしまったのだろう…。

林哲夫さんの「P-BOOK」を手にしたあとで、急に「こつう豆本」の『チェンバレンの交友』の存在を思いだし、ガバッと捜索を開始し、ほどなくしてめでたく発見。嬉々と買った。と、今日のアクセスは豆本2冊と「東京かわら版」という、いつにもましてホクホク感ただよう買い物となった。

『チェンバレンの交友』のことがにわかに気になったのは、先日読んでいた小山内富子著『小山内薫』(ISBN:4766411242)でちょろっとチェンバレンが登場して「おっ」となっていたから。小山内薫の成人前、「敗残の江戸っ子」の娘であるところの母は麹町で未亡人生活を謳歌、その「有閑マダム」的な社交の一員にチェンバレン教授の恋人がいた。後年、《和紙人形などをつくるのに使われるもみ紙に日本の昔話などを翻訳し、色鮮やかな木版画の挿絵をあしらって印刷された文庫版大の美しい本》の、俗に言う「ちりめん本」が小山内未亡人の遺品にあったのだという。「ちりめん本」が作られたのは明治22年のパリ万博の頃からとのことで、その翻訳にはチェンバレン教授も参加していた。美しい「ちりめん本」はチェンバレンの恋人を介して小山内薫の母の未亡人の手元に行ったに違いない。(参考:http://wwwlib.tokyo-kasei.ac.jp/kicho/JID_N1T.htm

小山内薫とチェンバレンとの関わりはそういうささやかなものに過ぎないのだけれども、小山内薫をとりまく「日本の近代」はしみじみ面白いなあと思ったのだった。これを機に「芋づる」できればいいなと思う。

小山内薫は明治35年に帝大英文科に入学し、その授業で小泉八雲に心酔。小泉八雲の留任運動にひとしきり熱中したあとは、ハーンの後任教授の漱石のシェークスピア講義に出席している。ところで、小山内は大学2年のときにメーテルリンク『群盲』の訳稿が森鴎外の「万年草」に掲載され、鴎外、上田敏、佐々木信綱が賞讃、観潮楼に招かれて三木竹二、伊原青々園と交わるきっかけとなった。ちなみに小山内の「万年草」初掲載は前年の匿名で投稿のモーパッサンの短編『墓』だったという。とかなんとか、鴎外から始まる文人翻訳者の系譜とか、近代日本の「西洋」との交わり、とか、なにかと興味津々なのだった。『チェンバレンの交友』を一読すると、チャールズ・ラムが登場したりして、去年秋に盛りあがった「英文学」の系譜がますますいいなあと思った。それから、漱石の講義というと、富岡多恵子さんの『難波ともあれことのよし葦』(ISBN:448081471X)で読んだ漱石全集月報初出の文章がとても面白かった。漱石の講義録、全集で見てみようと思った。そのアイルランド文学理解がなかなかいいらしい。