神保町にて

帰りにふらっと神保町に寄り道。まずは岩波ブックセンターへ。「上方芸能」最新号をエンエンと立ち読みしていたら、いつのまにか閉店間際になっていて、あわてる。あわてたまま、雑誌売場をざーっと観察すると、「映画論叢」の最新号が1冊だけ残っているのが目にとまった。

  • 雑誌「映画論叢」10号記念増大号《生誕百年も過ぎたから、小津の話でもしよう》(ISBN:443405306X

「生誕百年も過ぎたから」ってのがいいなあと、ふらっと立ち読みを始めてみると、濱田研吾さんの「徳川夢声のカツキチ点描録」という文章を発見。ホンの立ち読みのつもりが、ひとたび読み始めてみると、思わずそのままレジに直行してしまうという展開に。

  • 富岡多恵子『難波ともあれことのよし葦』筑摩書房(ISBN:448081471X
  • 渡辺聡子『チェーホフの世界―自由と共苦』人文書院(ISBN:4409140582

と、その勢いに乗ったところで刺すように耳に入るのは閉店のアナウンス。ますますあわてながら、もうちょっとだけもうちょっとだけと棚を見まわったところで、錯乱していたのか、富岡多恵子の新刊を思わずガバっと手に取り、さらに「みすず」の読書アンケート特集号で山田稔さんが挙げていた『チェーホフの世界』のことを思い出してしまい、ちょろっと探すとすぐに見つかった。岩波文庫のトルストイ『幼年時代』はないかしらと最後は文庫コーナー。こちらはあいにく棚にはなかった。もう版切れなのかも。

うーむ、衝動買い、おそるべし…。


まあ、買ってしまったものはしかたがない、たのしみな本ばかりを買ってホクホクだ、もう東京堂も終わってしまったしと、岩波のあとは喫茶店でコーヒー。買ったばかりの富岡多恵子さんを一気読み。『西鶴の感情』(ISBN:4062126176)に引き続いて、なかなか素敵な造本で、こちらは著者自装となっている。富岡多恵子さんもその造本に注目するのがたのしい書き手の一人なのかもと思う。

『難波ともあれことのよし葦』は、著者あとがきに「この数年の間に書いた短い文章を集めてみると、大阪のこと、本のこと、芝居のことが多いのにきづいた。」とある通りに、いろいろな雑誌・新聞に寄せたエッセイを項目ごとに分類して1冊に編んだもの。こういう体裁の、都市や書物や芝居などが登場する、好きな書き手の本はいつも大好きで、キリがないという感じに毎回のおたのしみ。富岡多恵子さんの文章を通しての「大阪」がいつも興味津々なのだった。ほかに今回目にとまったところでは、長年の懸案、宇野浩二の『芥川龍之介』をぜひとも読みたいなあと思った。《東京人の芥川との都会人同士のつき合いを書いて、…宇野浩二の人間描写の芸には毎度のことながら陶然となるのである。》とあった。書評では、『回想と評伝抄 画家・小泉清の肖像』(恒文社)で洲之内徹のことを思い出した。大坂関連本では、川村二郎著『河内幻紀行』(トレヴィル)にたいへんそそられた。「二上山を舞台とする折口信夫の小説『死者の書』を読むたのしみ」に導かれるようにして書かれた紀行文。

こういう、一人の著者によるさまざまな媒体に寄せた文章を見通してみると、その著者の大きな仕事のサイド的文章という面があるということがママある。なので、その著者の大きな仕事へのガイドブックにもなっている。この本の場合は、『室生犀星』、『中勘助の恋』、『釈迢空ノート』といった、去年に読んだ『西鶴の感情』につながる流れを追ってみたいなという気になった。とりわけ、室生犀星のくだりがとてもよかった。岩波文庫の『或る少女の死まで』に寄せた解説も収録されているのだけれど、25歳のときに室生犀星の賞を受賞したときのエピソードに登場する、犀星と中野重治がそれぞれによくて、佐多稲子さんと合わせて、中野重治という存在がますます気になる。それから、去年に岩波文庫で驚かされた(これからも驚かせて欲しい)、三木竹二と杉山其日庵の二著のこともちょろっと登場していて、嬉しかった。三木竹二は『郡司正勝劇評集』についての短文に登場し、其日庵は多田茂治著『夢野一族』の書評で登場、『浄瑠璃素人講釈』は《折にふれて読んでは、元手のかかった講釈に感心し、一筋縄ではゆかぬ破格の文体をおもしろがっていた》とのこと。

……などなど、1冊約2000円の富岡多恵子をコーヒーを飲みながら一気読みの神保町の夜。寄席に出かけて発散している感覚によく似た、愉しいひとときだった。『チェーホフの世界』の方は、夜ふけに部屋でミルクティをすすりながら読みたい本。