東京国立近代美術館

連休初日、かねてからの予定通りにまずは竹橋までズンズンと歩いて、東京国立近代美術館の常設展示をゆるりと見物。本館のあとは北の丸公園にて持参のお弁当で草の上の昼食、いくぶん曇りがちな空の下でどこまでも静かな午後のはじまり、と言いたいところだったが、カラスの声だけがカアカアとあたりに響き渡っていて、たいそう耳障りなのだった。午後はひさしぶりの工芸館。2階の展示室への階段の上に見える窓とその向こうの木々の感じがいつも大好きだ。ルーシー・リーで締めた本日の美術館、のあとは、休日ならではの長距離散歩に繰り出し「遠足」を満喫。

  • 所蔵作品展 近代日本の美術 / 東京国立近代美術館・常設展示 *1

毎回たいへん堪能の常設展示はいつものように4階から2階までのんびりとめぐる。はじまりの「文展開設前後」では、青木繁と熊谷守一の同年(1904年)の絵を並べて掲げている一角にしばし立ち止まって、感激だった。熊谷守一の方が2歳年上の同時代人、一方は夭折の画家でもう一方は長命の画家。二人の画家の同年の、いくぶん象徴画ふうなタッチに見とれた。自身の画風を確立する前のわりかし陰気な洋画を描いていた頃の熊谷守一の作品も大好きで、要町の美術館で見た絵のことを思い出したりもした。本とのつながりを思いながら絵を見るというのが、毎回とてもたのしくて、原田直次郎では鴎外を思いだし、いつもここで見るルソーの絵(大好き)では岡鹿之助を思い出し、萬鉄五郎の《裸体美人》では木村荘八の日記のことを思い出す。その木村荘八の《新宿駅》(1935年)をひさびさに見ることができて、たいへん嬉しかった。佐伯祐三の《ガード風景》(1926年)、長谷川利行の《新宿風景》(1937年)のまんなかに掲げてあるという、その時代順の並びににんまり。木村荘八の《新宿駅》は人々の表情といったディテール描写が鮮やかであちこち観察してますますにんまりだった。書物とのつながりというと、大の愛読書の『明治商売往来』正続(ちくま学芸文庫)でおなじみの、仲田定之助の《首》という名の彫刻(1924年)に「お〜」と心のなかでどよめいた。続けて村山知義の作品を見ることになるというのが嬉しくなるような作品だった。

常設展示の合間に挿入される小特集も毎回のおたのしみ。4階では「母子像」という特集。母と子を描いた絵、というくくりで、恩地孝四郎、古賀春江、谷中安規という並びが嬉しくてしょうがない。麻生三郎の昭和30年代の作品につい凝視だった。3階の小特集もとてもおもしろかった。と、それぞれの小特集だけでもちょっとしたギャラリー風となっていて、それにしても、なんともぜいたくな東京国立近代美術館である(河野鷹思、工芸館と会わせて入場料は420円)。3階では「新版画の世界」と「ニュー・ヴィジョン−大戦間期の近代的写真表現」。版画コーナーでは、明治30年代の印刷技術の転換とともに複製技術の進歩と裏腹に独自の表現を模索云々といった説明書きがあって、町田の版画美術館で以前明治の石版の展示が面白かったことを思い出したしもし、版画というと書物とのつながりに思いを馳せるきっかけが多々あっていつもとてもたのしい。漱石でおなじみの橋口五葉のあとに展示されるのは、伊藤深水、川瀬巴水、笠松紫浪という、鏑木清方門下の3人が居並ぶというかたちとなり、その点でもたいへん興味深かった。鏑木清方で「演芸画報・人物誌」だなあと思ったあとで登場するのがズバリ表紙絵を描いていた名取春仙で、そのあとは山村耕花。いつのまにか歌舞伎とのつながり、ということにもなって、いつまでも興味深かった。写真展では、「チェコのアヴァンギャルド」のヤロミール・フンケの写真をひさびさに見られらのが嬉しかった。1920年代パリの、フローランス・アンリの写真が好きだなあと思った。

岸田劉生の《切通しの写生》、清方の《三遊亭円朝像》といった絵との再会もたいへん嬉しく、名残惜しくていつも長居。松本竣介の《ニコライ堂と聖橋》ではいつもスーッとなって、こちらも名残惜しくていつも長居。戦後の絵では、三岸節子の《生物》(1950年)の水色と茶と青の混じり具合といった色彩と構図が好きだなあとウキウキになった。いつも好き、というと、今井俊満と斎藤義重で、今回も見られて嬉しかった。同じく、いつも好きな白髪一雄が見られなかったのは残念。

……などなど、いちいち書いていると本当にもうキリがないくらい、近代美術館の常設展はすばらしい。あんまり堪能したのでずいぶんくたびれた。2階の特設コーナーの河野鷹思展の見物の前、窓の向こうのお濠を眺めつつ、しばし椅子で一休みのつもりがここで結構長居をしてしまった。

  • 河野鷹思のグラフィック・デザイン / 東京国立近代美術館・2階ギャラリー *2

河野鷹思といえば、一昨年の12月にギンザ・グラフィック・ギャラリーでの印象がとても鮮烈でその展覧会に尽きるという感があって、実のところはそんなには期待していなかった今回の展覧会だった。この予想は半分は当たり半分は外れた。

なんだかんだ言いつつも、河野鷹思の作品が一堂に会するスペースはそれだけでたいへんな愉悦で、やっぱり嬉しくてウキウキしっぱなし。展示はいかにも美術館の展示というふうに几帳面に時系列に並んでいき、はじまりの東京美術学校での花の写生といった制作3点にさっそく興奮だった。河野鷹思はすでに河野鷹思、なのだった。このあと、築地小劇場で吉田謙吉のもとで舞台装置の制作に携わるわけだけれども、河野鷹思が演劇に興味を持ったのは東京美術学校在学時のことで、この頃にさかんに歌舞伎を見ていたという。河野鷹思が当時見ていた歌舞伎、ということを思い浮かべて、さらにウキウキ、このあとは映画のポスターが登場というわけで、河野鷹思と隣接するものあれこれがとってもいとおしいのだった。隣接するものあれこれにうっとりしつつ河野鷹思のデザインに見とれる、こんなにたのしいことはない、という感じで、やっぱり興奮せずにはいられなかった。小津安二郎の『生まれてはみたけれど』にて日本初の「美術監督」というクレジットで河野鷹思の名前が、というくだりに「おっ」だった。小津の映画でひとつ選べと言われたら(誰もそんなことわたしに言わないけど)、迷わず『生まれてはみたけれど』を選ぶ、と常々思っていたものだった。前から好きなものが別の好きなものへとつながるという連関はいつも嬉しいものだ。

河野鷹思と隣接するものあれこれがとってもいとおしい、といえば、書物とのつながりというのも格別で、日本工房の「NIPPON」にはいつも興奮するけれども、今回は「婦人画報」の挿絵ににんまりだった。「その都会的なセンスで新しい着物のデザインを提案」というその誌面をつい凝視(あとで購った図録でも大きく見ることができてうれしかった)。装幀本の展示は、以前の ggg と比べるとだいぶ物足りないのだけれども、「蝋人形」の表紙にはやっぱり興奮。竹久夢二から引継いで河野鷹思が表紙を担当、そのあとは三岸節子が引き継いだという流れに興味津々。先ほど、三岸節子の静物画に見とれていたばかりだったので、三岸節子をちょっと追求しようかしらと思った。

……などなど、以前の ggg で尽きていたと勝手に思っていた河野鷹思展だったけれども、河野鷹思を見られるというのは無条件に嬉しいものだなあということがよくわかって、むやみに興奮した時間だった。

  • 人間国宝の日常のうつわ―もう一つの富本憲吉 / 東京国立近代美術館・工芸館 *3

真新しく巨大な本館とは違って、明治末期の煉瓦づくりの小ぶりの洋館2階の展示室、という形態が格別で、工芸館も出かけるのがたのしみな場所なのだけれども、本館で疲れてしまってさぼってしまうことが多い。入り口の扉をそーっと開けて、受付のあとに階段をのぼって2階へ(上に見える窓が美しい)、というコースをひさびさにたどってそれだけで嬉しく、嬉しいあまりにしばし2階中央の休憩室でのんびりしてしまった。この休憩室も格別で、次回の展覧会行きの計画をここで相談するのがいつもたのしい。

などと建物の歓びだけでなく、展示そのものも毎回とてもたのしくて、富本憲吉の普段づかいの器、という今回の展覧会もいちいち凝視してそのたびにたのしかった。イギリス留学時にウィリアム・モリスを知ったことで陶芸を志したというくだりやバーナード・リーチといった人物に興味津々。器の材質そのものを眺めるというたのしさもあれば、文様やその融合を眺めるというたのしさもある。過去の文様のアレンジではなくて作家としての創造性があったというくだりになるほどと思った。そんな、もとからある素材と富本独自の表現の融合が絶妙だった。とりわけ青みがかった素地の器が好きだった。たまに見ることができる富本憲吉の字やスケッチもとてもよくて、過去の展覧会の写真(ロンドンでのバーナード・リーチとの合同展など)も非常に興味深かった。場所を変わることでの作品の変化、というのも興味深く、九谷での色彩と素材の様子が独特で面白かった。京都もとてもよかったし、ふだん好きで使っている砥部が登場しているのにも思わず「おっ」だった。

と、富本憲吉そのものも十分嬉しかったけれども、今回の展覧会で実のところ一番嬉しかったのは最後の部屋の常設展示のコーナー。ルーシー・リーの作品が2点、花瓶と鉢が展示されているので大感激だった。桜の咲いている日に出かけたニューオータニでの展覧会のことを思い出して、いつまでもジーンだった。ルーシー・リーと同じケースには、クリストファー・ドレッサーの作品がたくさん。19世紀のイギリスのティーセットや薬味セット、タンブラーを眺めてたのしい。クリストファー・ドレッサーを眺めたあとで、何度もルーシー・リーを眺める。工芸館に来るたびにいつも、作品の背後にある「日常」ということがしみじみいとおしいと思う。富本憲吉の「日常のうつわ」ともども、今回の工芸館の絶好の締めになった。

ルーシー・リーの陶器はすべて農村生活ではなく都市生活によく似合い、それに溶け込む形態をそなえている。ウィーン育ちのひと、長いロンドン暮しのひとの趣味の判断が、どの作品にもきっぱりと打ち出されている。繊功、都雅でありながら引き緊っている。賢い都市生活者に共通している用心深さ、目立ちすぎることへの警戒と流行送れへの警戒、孤独愛、そして友愛の尊重が、ルーシー・リーの作品にじつに親密な性格をあたえている。しかもこの性格のあらわれ方の多様なことが、また新鮮な驚きと悦びを生み出す。
(杉本秀太郎「ルーシー・リー」./『青い兎』 ISBN:4000220225 所収)

購入本

  • 図録《河野鷹思のグラフィック・デザイン》(東京国立近代美術館、2005年)
  • 東京国立近代美術館ニュース「現代の眼 549号」(12-1月号 2004-2005年)

展覧会のたびに図録を買っていてはキリがないッ、とちょくちょく自分を戒めるのだけれども、やっぱり買ってしまう図録。河野鷹思展の図録は A4 サイズで、大きな図版をたくさんカラーで眺めることができるので、それだけでも買う価値ありだった。あとで何度も眺めてはホクホク。「現代の眼」は南陀楼綾繁さんの「ナンダロウアヤシゲな日々」で、臼田捷治、田中眞澄両氏による河野鷹思展に際しての文章が掲載されていると知って、読むのをたのしみにしていたもの。田中眞澄氏はその著書『小津安二郎のほうへ』(ISBN:462204269X)を機にますます戦前ニッポンの映画をとりまくモダニズム、というようなことに興味津々になったので、この本にはとても愛着がある。ggg で大喜びだった河野鷹思装の北村小松本は今回は展示がなかった。