初ささま

日没後、丸の内線にのって、のんびり荻窪へ。本日の車中の読書は尾崎紅葉の『二人女房』。終点に到着するとイソイソと地上に出て、ささま書店までつい小走り。念願の「初ささま」がやっと実現してフツフツと嬉しい。まずはいつものように店頭の100円コーナーをチェック、といきたいところだったのだが、寒さに負けてしまって偵察にあまり集中できず無念だった。「初ささま」早々そんな根性なしでどうする! と一応自分を鼓舞してはみたけれども、まあ今日のところは諦めてさっさと店内に入ることにした。

そして、いざ店内に足を踏み入れると、いつものように欲しい本があり過ぎる。予算の上限を2000円と設定していたので、うーむうーむと悩みに悩んでようやくお買い物が終了した。今日は前々から欲しかった本ばかりを買った。ここにたどり着くまでずいぶん気が張ってたいそうくたびれたので、ドトールでひと休み。買ったばかりの本を次々にめくってホクホク、というおきまりの時間がしみじみたのしい。


以下、お買い物メモ。

  • 辰野隆『忘れ得ぬ人々』(講談社文芸文庫、1991年)
  • 成瀬正勝『森鴎外覚書』(中公文庫、昭和55年)

前々から読みたかった念願の『忘れ得ぬ人々』をやっと入手できて嬉しい。幸田露伴、夏目漱石、寺田寅彦、長谷川如是閑といった名前がパッと目について、購入後さっそくペラペラと拾い読みしてさっそくとてもいい感じ。『森鴎外覚書』も前々から探していたもの。週末に鴎外図書館に足を踏み入れたばかりというタイミングだったので気分上々だった。「鴎外と逍遥」「鴎外と漱石」「鴎外と露伴」「鴎外と敏」「鴎外と緑雨」などなど、目次の並びを見ただけでワクワク。緑雨というと、辰野隆の方には「上田万年と斎藤緑雨」という文章があり、まずはこれらを立て続けに読みふけったのだった。

  • 渋沢青花『浅草っ子』増補改訂版(造形社、昭和55年)

鴨下晁湖が挿絵を描いているという、この渋沢青花&鴨下晁湖が嬉しい。表紙は鴨下晁湖による「十二階」の絵。二人とも久保田万太郎と浅草小学校の同級生という幼馴染み。万太郎の小説『火事息子』のモデルになった鰻屋「重箱」の大谷平次郎も同級生。というわけで、万太郎の幼馴染みコンビによる『浅草っ子』というタイトルの本、というだけでもういてもたってもいられないと、前々からとても気になっていた本だった。今まで何度か遭遇していたけれどもなかなか買う機会がなかった。ささま書店の東京本コーナーで今回発見して値段をチェックすると、今まで見たなかでどこよりも安い500円であった。さすがはささま書店! と迷わず購入。まず冒頭の「明治の浅草」なる白黒写真がたまらない。「十二階と瓢箪池」という写真がいいなあ。「大正時代の浅草興業街」と「隅田川の水泳場」などなどすばらしい写真の目白押し。この写真ページの次は安藤鶴夫の序文というのがまた嬉しい。そして目次の並びでワクワクは最高潮といった感じ。子供の頃の思い出、浅草の地誌的なこと、年中行事、見世物、宮戸座と常盤座、などなど。思えば、3年前のちょうど今と同じ季節に、文学座のアトリエで『大寺学校』の上演を見たわけでなにかと懐かしい。このところ、ますます久保田万太郎熱が盛り上がっている。

  • 『花柳章太郎 舞台の衣裳』(求龍堂、昭和40年)

この本も前々から欲しかったもの。よく行く古本屋さんに2000円で売っているのを前々から目をつけていて、近々買おうと思っていたところだった。で、今回ささま書店で発見して値段をチェックすると、これまた今まで見たなかでどこよりも安い800円であった。うーむ、いくらなんでも1000円未満だとは思わなんだ。こちらも、さすがはささま書店! と迷わず購入だった。

帯には里見とん、鏑木清方、伊東深水による推薦文、中の序文は谷崎潤一郎と川口松太郎というふうになっていて、この顔ぶれにさっそくうっとり。里見とんは、花柳のこだわりは恩師の喜多村緑郎ゆずりのもので、小村雪岱、木村荘八といった友だちもいて相談相手には事欠かなかった、というふうに書いている。花柳章太郎は画家のみならず、文学者との交流がとても深くて、泉鏡花、永井荷風、谷崎潤一郎、吉井勇、里見とん、久保田万太郎がブレーンだったという。師匠の喜多村緑郎と合わせて、本当にもういつまでも顔ぶれがたまらない、のだった。そして、渋沢青花の『浅草っ子』と同じように、久保田万太郎的なものがますますいとおしいなあと思うこととなった。

B5 サイズの函入り写真集で、生前から本人が刊行をたのしみにしていて、舞台衣裳のきもの写真とともに花柳本人による解説を読むことができるのだけれども、刊行を待つことなく花柳はその年の1月7日に急逝、最後に演じた役は久保田万太郎脚色の『大つごもり』となった。花柳の舞台衣裳は、早稲田大学の演劇博物館に所蔵されている。定期的に展示替えがされているので、今日はどんな衣裳が見られるのだろうと、演博に出かけるたびに3階の新派コーナーをたのしみにしている。それぞれのきものの文様や意匠といった「きものの美」のようなものにたいへん興味津々、花柳の趣味性にかなったきものを目の当たりにする興奮というのがまずある。その舞台効果という点でもとても興味深く、花柳の舞台写真もどれもこれも実に美しい。巻末の本人による解説と合わせることで、往年の新派の持っていたある種の雰囲気、今ではあまり実感できない、久保田万太郎や小村雪岱、泉鏡花のような人々を通して遠くから憧れているかつての新派に思いを馳せるような構成。長らく大切にしたい本、たいへん嬉しい買い物だった。

昭和40年1月、戸板康二は中国で花柳章太郎の訃報をきいた。昭和30年の初めての中国行きのときに、おみやげとして戸板さんが贈った切り紙細工をみて、花柳は「いいね、こりゃ」と言ったという。花柳にそう言ってもらって、戸板さん、さぞ得意だったことだろう。久保田万太郎の急逝の直後に上梓された『わたしのたんす』(三月書房、昭和38年)の扉に《文化使節として中国へ行かれた戸板康二さんから「中国剪紙」をおみやげにもらった。その中のものを図案化して自分で型紙を彫り、染めたのがこれである。》として、紙片が添えられている。戸板さん、さぞ嬉しかったことだろう。その図版を『花柳章太郎 舞台の衣裳』入手記念に本日の日記に貼り付けてみたけれども、あまりきれいに写らなくて無念なり。