地下室の古書展ノート

夕刻、イソイソと神保町へ。地下室の古書展(http://underg.cocolog-nifty.com/tikasitu/)開催中の古書会館仁閉場30分前くらいに到着。イソイソと書棚をぐるっと練り歩いて、あんまり時間はなかったけれども、ずいぶん満喫。昨日行き損ねたのはかえすがえすも残念だったけど、今回もたいへんよい買い物ができたので、結果的には、言うことなし、になった、と思う。書棚は壁際のみで、広々としたスペースに椅子とテーブル、眺めてうっとりのガラスケースが配置されているという、ゆったりした空間がいつもながらにとても素敵なのだけれども、雰囲気のみならず、いろいろと「おっ」の連続でモクモクと刺激的で、古書展の典型的よろこびも並存していた。

先日買ったばかりの『ホラチゥスの唄』が浅草の半額で売っていた、のは見なかったことにしておこう…。お会計のときにちょうだいしたコーヒー券を使う時間がなかったのも残念だった。ナンダロウアヤシゲな日々(id:kawasusu:20050116)を拝見して、「お、おもしろい…」とおみくじを引いて今後の自分を戒めることにしよう、と思っていたのだったが、これもすっかり忘れてしまった。と、いくつか心残りがある一方で、里見とんの古めの本を何冊か偵察できたのが嬉しかったり、久保田万太郎の『かどで』(昭和9年)、伊藤熹朔の挿絵付きで版元が岩本和三郎の文体社の戯曲集を手にとって見ることができたのもよかった。

まあ、嬉しい本ばかりを入手できたのが、なによりも喜ばしい。古書会館を出たあとは東京堂に寄り道、壁に貼ってある各紙書評欄で、毎日新聞の渡辺保著『近松物語』の丸谷才一評をフムフムと熟読したりしているうちに、あっという間に閉店時間。だいぶ気候があたたかで、昨日一昨日みたいな冷たい雨でないのが嬉しいなあ! と機嫌よく徒歩で帰宅。思っていたよりもずっと早く着いた。

次回開催は5月とのこと、今度こそは心残りをできるだけ少なくしたいのであったが、今日のところは、地下室の古書展、どうもありがとうございました、の一言なのでした。


以下、お買い物メモ。

今回の「地下室の古書展」の興奮のひとつに、「サンパン」最新号の初売りとともに、 EDI(http://www.edi-net.com/)の刊行物がなんと3割引! というのがあった。この3割引に備えて前々から計画を立てていて(せこい)、迷った末にまずはこれらの本と事前に心に決めていたのだった。

全4冊ともとても興味津々の EDI ARCHIV は保昌正夫さんの『牧野英二』(http://www.edi-net.com/archiv/makino.html)に続いて2冊目。先週の浅草で中島健蔵『回想の文学』を入手したばかりで、着実に外堀が埋まりつつある「東方社」列伝。この多川精一著『太田英茂』は西秋書店さんに教えていただいた本で、一緒に教えていただいた岩波書店刊の多川精一著『広告はわが生涯の仕事に非ず』(http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0228370/)も要チェック! 一昨年末からの河野鷹思、名取洋之助、木村伊兵衛、山名文夫の展覧会で見てきたことを、これから少しずつ書斎でつないでゆくとしよう。たのしみたのしみ。

中戸川吉二は、徳永康元を去年に初めて読んで以来、その名を心に刻むようになった。徳永康元が彼を高く評価していて、徳永康元が好きだと言っている本は他にもいい本ばかりだった。ぜひとも読んでみたいものだと思ったら、EDI からこんなに素敵な本が出ているなんて、と嬉しかった。EDI ARCHIV と同じく、EDI 叢書もほかの巻も非常に気になるので、これから少しずつ入手していきたい。

帰宅後、大急ぎで家事を片付けて、ミルクティ片手にさっそく中戸川吉二を読んだ。一篇目の『縁なき衆生』のあとに『放蕩児』を読んで、その物語のつながり具合がよかった。里見とんの唯一の弟子、というのがいかにも納得の、里見とんの小説好きならば必ず好きになりそうな世界で、彼のことを知ることができてよかったとしみじみ思った。編者による巻末の作家案内が行き届いていて、本全体がたいへんすばらしい。中戸川吉二の名前は以前から、いくつかの文章で何度も目にした記憶があって、久保田万太郎も何か書いていたかも。今パッと思い出せるのは、川口松太郎が『忘れ得ぬ人忘れ得ぬこと』(講談社、昭和58年)で「私の大好きな若い作家」「将来の大成を期待されながら若くして世を去った快男子」「酒が好きで酒のために死んだような一生だが、気持のさっぱりした生一本な男」という言葉を残していること。巻末の文献リストで、「三田文学」の水上瀧太郎追悼号(昭和15年5月)に一文を寄せていたのを知り、「あっ」と本棚に手を伸ばしてページを繰った。この一文で中戸川がいかにも三宅周太郎となかよしな様子が伺えて、いいないいな、と思った。三宅周太郎と同時代文士との交わり、というのも、たいへん興味深いテーマだ。追々、追求したい。

今まで気になりつつもなかなか手が出なかった EDI の刊行物を2冊一気に買うことができたのは、ひとえにも、地下室の古書展のおかげだった。今回のように3割引ではなくても、これから次々と入手したいなあと絶好の導入になったのがよかった。

  • 文藝春秋編『作家の対話―雑誌「風景」より―』(文藝春秋、昭和43年)

これは前々から欲しかった本。西秋書店棚に面出しで並んであるのを「あっ」と手にとって安かったのでめでたく買うことができた。雑誌「風景」に関しては、だいぶ前にちょっとハマっていて、夢中になるあまりに自サイトの「戸板康二ダイジェスト」にメモを書き連ねたことがあった(→ http://www.ne.jp/asahi/toita/yasuji/b/magazines/01.html)。「風景」の名物だった対談記事、戸板康二と大岡昇平の対談に大喜びしていたものだった。この本は「風景」が100号を迎えるにあたって、昭和35年創刊からの名物の対談を20篇、厳選して収録している。「風景」全号の表紙画を書いていた風間完の装幀がそこはかとなくいい感じで、緑色がきれい。この本は、「風景」にハマっていた当時、図書館で借りたことがあって、それ以来の再会であった。あとがきは初代編集長の野口冨士男で、この本の担当は『演芸画報・人物誌』の岡栄一郎の娘で、吉行淳之介と同人誌「世代」仲間でもあった、岡富久子だったということを知って「おっ」だった。

  • 小村雪岱『日本橋檜物町』(高見沢木版社、昭和18年重版)

中野書店にて。「うっかり買ってしまった……」と購入直後はよろけつつ家路を歩いたのであったが、少し時間がたってみると、やっぱりふつふつと嬉しく「わーい、買っちゃった、買っちゃったッ」というような心境になってきた(勝手にしろ)。

雪岱の遺稿集『日本橋檜物町』は、あまり知られていない事実だけれども、若き日の戸板康二が編集に参加している。装幀は唯一の雪岱門下、山本武夫によるもので、函のタイトル配置といい、本体の小紋模様といい、中身のあっと驚く紙の感じといい、いかにも雪岱にふさわしい造本になっている。この本は山本武夫と戸板康二の二人が編集したという。先の、水上瀧太郎追悼号の里見とん門下の中戸川吉二といい、立て続けに長年の関心事「九九九会」人物誌、に触れることになった。うーん、なんかとっても嬉しいなあ。なんて買ってばかりいないで、どんどん追求せねば。