地下室で紅葉全集を繰る

『多情多恨』でも『三人妻』でも紅葉の「大人」ぶりに惚れ惚れ、そしていかにも東京ッ子という感じで、サラッとしているのがよい。軽やかで洒落ッ気たっぷりだけど、通ぶったところは皆無。ひたすら大人なのだった。この感覚がひたすら好きだ。その『三人妻』がもうすぐ読み終わりそうなので、次はいよいよ『金色夜叉』かなと昼休み、本屋さんへ。岩波文庫の棚を物色すると、『金色夜叉』の隣に去年のリクエスト復刊の『伽羅枕』があるのを発見。もうちょっとこの文体にひたっていたい気がする。今日は『伽羅枕』を買った。

『三人妻』を読んでいて嬉しかったのは、もういかにも「西鶴だ−」とヒシヒシと体感できたこと。紅葉も西鶴もちょろっとしか読んでいないけれども、その感覚だけは鮮やかに触覚できた、ような気がする。

富岡多恵子著『西鶴の感情』(ISBN:4062126176)は去年読んだうちでとりわけ愛着の深い本のひとつ。その終わりの方で紹介されていた巌谷大四『東京文壇事始』のことを思い出して、ちょろっと立ち読みをしてみたら、これまたたいそう面白い、立ち読みしただけで止まらなくなりそう。なので、一緒に買った。

明治の西鶴再評価のきっかけをつくったのが淡島寒月で、西鶴に傾倒して本を収集、紅葉や幸田露伴らに「そのリアリズムの筆法を鼓吹」した。巌谷大四のお父さんの巌谷小波は紅葉と親しく、小波が初めて西鶴を知ったのは紅葉がきっかけだったという。樋口一葉は紅葉、露伴に教えられて西鶴を読む、帝国文庫の『西鶴集』が出たのは明治27年。……とかなんとか、このあたりの一連の流れがたまらなく好きだー、とあらためて興奮しているところ。



先週今週の古本市の余波で、夜は大学図書館へ。地下にこもって、いろいろと本をめくって、うっとり。とある浄瑠璃関係のとても面白そうな論文を仕入れてホクホク。『渡辺一夫著作集』をめくると「西鶴と僕」という文章があった。

そして、『紅葉全集』を気まぐれにめくって、いつまでもホクホクだった。日記の文字を追っていると、柳橋へ遊びに行くときは船にのっていたりと、横寺町の紅葉邸を軸にした東京描写がそこはかとなく面白い。月報に、山口昌男の「父谷斎の影」という文章があって大喜び。いざ紅葉を読むと、やはり「この父にして」と思ったのだった。それから、高田衛さんのそのものズバリ「『三人妻』と西鶴」なる文章も嬉し過ぎだった。と思っていたら、八木福次郎さんの「宵曲翁にまつわる紅葉の話」という文章があるので、いつまでも嬉し過ぎ! だった。

いつか欲しい夢の本のひとつが、日本古書通信社の柴田宵曲の小型本、『漱石覚え書』『紙人形』『煉瓦燈』。その『紙人形』の冒頭に紅葉にまつわる話が出てくるのだという。宵曲翁が亡くなったときの「日本古書通信」での座談会(昭和41年11月・12月)で森銑三が、島田青峰の『子規、紅葉、緑雨』は実は柴田宵曲が全文執筆している、と言っている。……島田青峰の『子規、紅葉、緑雨』もいつか欲しい夢の1冊となった。『煉瓦燈』には、モリエール『守銭奴』を翻案した紅葉の『夏小袖』についての文章があるのだという。古川ロッパの日記に、久保田万太郎がしきりにロッパに『夏小袖』をやらせたい、と酒席で言っているくだりがあったのを思い出した。

久保田万太郎というと、先日『折口信夫対話2』(角川書店、1975年)を読み返していたら、万太郎が「森鴎舟」のことにちょろっと言及しているのとを見て、このところいたく心に残っていたのだった。紅葉の日記にも登場している人物なのだそう。戸板康二が川尻清潭の聞き書きをしていた敗戦前後のころ、清潭の付き人みたいなことをしていた人で、『あの人この人』でもちょろっと言及されていた「森さん」なる人物。この「森鴎舟」という人はもとは深川の大きな質屋の主人で「竹馬会」という運座を主宰、「初冠」という句誌を出していたが、とうとう俳句で財産をつぶしてしまうという結果になった。万太郎が大学生のときの大正初め、同級の中国人に「オレの下宿屋のあるじは俳句が上手な先生だからぜひ来い」と言われ出かけてみると、それが「森鴎舟」だった。そのあとで、戸板さんは「戦争中、川尻さんのアパートの連中で句会などをやっているということを聞きました。その一人に光村利藻がいるんです。」と言っている。戸板さんによると「森鴎舟」は「去年の秋か冬」に亡くなったとのことで、この座談会は折口信夫の死ぬちょっと前の昭和28年。……などと、このいかにも久保田万太郎的世界! と、妙に心に残っていたのだった。今日さらっと見たところでは紅葉日記には「森鴎洲」という人はいたけれども「森鴎舟」は発見ならずだった。追々、追求したい。