岩波文庫の尾崎紅葉、松屋の古本市を再訪

年末に入手した『多情多恨』(ISBN:4003101472)をひとたび読み始めてみたら、面白くて面白くて、もうたまらないくらいにおもしろい。あんまり面白いので一気に読了、名残惜しいあまりに今日は早起きをして、朝の喫茶店でペラペラとピンポイント式に読み返して、ああもう、しみじみいとおしい。と、紅葉の小説が見事な上に、この岩波文庫は、初版の挿絵が掲載されているというのがすばらしい。岩波文庫では、荷風の『墨東綺譚』の木村荘八、谷崎の『蓼喰ふ虫』の小出楢重や『幼少時代』の鏑木清方の挿絵が嬉しかったなあと追憶にひたった。『多情多恨』の挿絵画家の名前をたどると、鏑木清方の『こしかたの記』でおなじみの画家が次々と登場するので、この点でも大喜びだった。『こしかたの記』の「年方先生に入門」という文章に、《紅葉山人の「三人妻」に、桂舟、永洗、年方の三人が、それぞれに三美人を合作した口絵をかいた頃は、木版の挿絵、口絵の最も全盛を極めた時であったろう。》という一節がある。『三人妻』の刊行は明治25年。……と、こんな一節を見てしまうと、ぜひとも『多情多恨』の次は『三人妻』、とさっそく昼休みの本屋さんで購入した次第。今までは芝の谷斎さんの方ばかりに注目しがちだったけれども、横寺町の先生をしばらく読んでみるとしよう。その文体が魅力のひとつだった『多情多恨』だけれども、『三人妻』の文体もなにかと面白そうでたのしみ。

それから、『多情多恨』を読んでいる最中にヴィヴィッドに思い出したのが、平山蘆江が昭和20年代の「暮しの手帖」に連載していた「きもの帖」という文章で、紅葉の小説の着物描写が面白い、と書いていたこと。蘆江の『きもの帖』に関しては、2年以上前に自サイトにメモしたことがあったのだけれども(→ http://www.on.rim.or.jp/~kaf/days/image/2002-12_30.html)、そのときからの懸案の紅葉読みがようやく始まったのが嬉しい。きもの描写といえば、画だけではなくその文章でも清方による着物描写が前々から大好きだった。『金色夜叉』続篇の口絵を清方がかいたころ、病で容色衰えていた紅葉が木挽町の清方宅を訪れたときのこと、

襦袢の襟の黒八丈が胸元をキリリと締めて、無地無紬の羽織着物、云うまでもなく角帯、袴を着けず、帯だけに他の色を見るが、あとは足の先きまで黒ずくめ、享年三十八であったから、この時は三十七である。先生はとりわけはやくから老成の風があったが、身装の質素(じみ)なのにも依るだろうが、若くして何となく侵し難い貫禄を自然と身に着けていた。

と、目に浮かぶような描写をしている。このときに紅葉から受けた下画の批評の方はどんなだったかはまったく覚えがないそう。清方は三木竹二に誘われる芝居をを断わって、絵にかかりきりだったとのこと。とにもかくにもあいかわらず「明治の東京」にうっとりなのだった。



日没後は雨上がりのなかをテクテク歩いて、銀座方面へ。マロニエ通りを歩いて京橋図書館、といういつものコースをたどった。と、その途中、ふらりと松屋の古書市を再訪した。ざーっと見まわりを始めたところ、一昨日には並んでいなかった新潮日本古典集成の端本がずらっと並んでいるのを発見して、急にメラメラと燃えた。前々から安く見つけたら買おうと思っていた『浄瑠璃集』と『三人吉三廓初買』を手に取り、値段をチェックすると数百円なので、わーいと再びやってきた甲斐があったッ、と勢いづいて、一昨日士気があがらず見送った福原麟太郎の本と山城少掾の『太平記忠臣講釈』のディスクも一緒に買った。

  • 新潮日本古典集成『三人吉三廓初買』(新潮社、1984年)
  • 新潮日本古典集成『浄瑠璃集』(新潮社、1985年)
  • 福原麟太郎『芸は長し』(垂水書房、昭和31年)

あいかわらず全集の安い端本買いがたのしい。『三人吉三』は去年2月の歌舞伎座所演のとき、図書館で借りて同じ本を読んだ。芝居見物はべらぼうに面白かったし、本読みもたいそう面白かった。またじっくりと読み返したいものだと思う。『浄瑠璃集』は今回初めて手に取った。「傾城八花形」「傾城三度笠」「仮名手本忠臣蔵」「桂川連理柵」を収録している。土田衛氏の注釈が非常にたのしみ。『芸は長し』は前々からよく立ち読みしていた本。青山二郎の装幀で、シェイクスピア、新劇、歌舞伎、寄席、お能と、舞台芸術に関する随想を収録。前々からじっくりと読みたかった本が手に入って嬉しい。