浅草歌舞伎

朝はしばし寝床でヌクヌク。イヤホンでモーツァルトの《エクスルターテ・ユビラーテ》を聴いた。フリッチャイの《後宮からの誘拐》全曲盤の余白に収録のシュターダーのソプラノによるもの。十代のモーツァルトのイタリア土産ともいうべきアリア、たまにむしょうに聴きたくなる曲なのだった。張りのあるシュターダーの声にウキウキしているうちに、バッハの《結婚カンタータ》を聴きたくなってきたけれども、気が変わって、ヘレヴェッヘのディスクで《ヨハネ受難曲》1725年版を途中まで聴いた。身仕度の時間は今日もピリスのモーツァルト。

さて、今日は浅草歌舞伎の見物。浅草歌舞伎は今まで2度見物したことがあって、前回の見物のときは、行きの電車のなかで戸板康二著『歌舞伎十八番』の『矢の根』の項を読みながら、来るべき辰之助の『矢の根』にワクワクしていたのをよく覚えている。何年前だったかしら。浅草は出かけるだけでいつもたのしく、おまけに芝居見物までできるのだから、浅草歌舞伎というものはなんともたのしいものだ。初めて出かけたときはことのほか面白かったのだった。と、何年かぶりの浅草歌舞伎見物に大喜び。歌舞伎のあとはローヤル珈琲店で好物のロワイヤル珈琲を飲んでのんびり。そのあとは適当に雑踏のなかの浅草散歩をして、いつまでもフワフワとたのしかった。久保田万太郎の句碑(竹馬やいろはにほへとちりぢりに)と九代目團十郎の『暫』の銅像(元禄見得)を見に行こうと言っていたのだが、いつのまにか忘れていた、ということに今気づいた。

芝居見物

  • 新春浅草歌舞伎『御所五郎蔵』『鏡獅子』『封印切』/ 浅草公会堂・第1部

「浅草歌舞伎を盛り上げよう!」という意気込みが浅草公会堂に蔓延していて、一生懸命な空気に心が洗われる気がして、浅草歌舞伎に来るたびに、気持ちが清々としてくる。それは芝居そのものでも同様で、若手中心ならではの歌舞伎にふだんの芝居見物とは違った刺激を受ける、という感じで、やっぱり気持ちが清々としてくるのだった。

第1部は七之助が五郎蔵と梅川で、亀治郎が『鏡獅子』と忠兵衛で活躍、愛之助が八右衛門といった配役。

『御所五郎蔵』は昨日見た『加賀鳶』の勢揃いと同じように、黙阿弥のツラネに耳を傾けるひととき。五郎蔵といえば、一昨年の6月の仁左衛門と玉三郎の歌舞伎座上演をとても面白がっていて、芝居見物の前に最後に見事に1本の線になる人物関係図(のようなもの)をこしらえて悦に入っていたのが絶好の準備(のようなもの)になっていた。あとで『戸板康二劇評集』で国立劇場の「小團次系の黙阿弥の味」と題された劇評を面白く読んだのも懐かしい。というふうに、劇場の椅子でひとつひとつのセリフに耳を傾けながら、当時のことを追憶するのがとてもたのしかった。『御所五郎蔵』も浅間ものといえるわけで、今回の見物が『傾城浅間嶽』の絵入狂言本を読んだあとに見た初めての五郎蔵というわけで、このあともさらにいろいろと芋づるをしてみようという意欲がモクモクと涌いてきた。とりあえずは脚本の文字を読み返すのをたのしみにしていて、さっそく帰宅後に『名作歌舞伎全集』の黙阿弥の巻を開いたのだったが、月報の八代目三津五郎の芸談、

『曽我綉侠御所染』(そがもよう、たてしの、ごしょぞめ)の名題の由来を説明する必要がありそうです。つまり初春興行の後の五月興行には必ず曾我狂言を出し、楽屋で曽我祭りをやった風習から“曽我”を冠せ、「ごしょぞめ」はつまり染物模様に「御所とき」「江戸とき」とあって、御所とき模様というと、「源氏物語」とか、「伊勢物語」を主題にした模様で、寝殿作りの御殿と御所車が必ず模様になっています。一方「江戸とき」の方は藁屋葺きの家、つまり庶民風の模様をいいます。つまり狂言名題そのものから、当時の江戸の好みなぞがしのばれる……
出会いの場の扇子を手裏剣がわりにするところ――「さかさにすりゃあ、富士筑波」というのも富士は天気のよい日なら東京都内から見える所が、まだまだありますが、筑波の山の方は見える所がなくなりました。私が子供の頃、吉原堤の上から「西に富士が根、北には筑波」と両方とも見えました。……

というのを読んで、浅草で『御所の五郎蔵』のツラネを聴いたのはオツだったなあと嬉しかった。

お芝居の前に「お年玉〈年始ご挨拶〉」として交替で口上あるのところで、こういうサービスが嬉しいではありませんかと、今日は愛之助だった。『封印切』は第1部の亀治郎は成駒屋、第2部の愛之助は松嶋屋の型でつとめますので、ぜひとも両方ご見物を、というようなくだりがあったけれども、亀治郎の忠兵衛と愛之助の八右衛門を見たことで、まさしく、第2部も一緒に見たかったなあという気になったのが嬉しかったこと。亀治郎はひとつひとつの所作を一生懸命一生懸命やっていて、それを凝視することでこちらもこのお芝居をもっときちんと解剖したいという意欲が涌いてきて、そんなところが観劇後の清々とした気持ちの所以だったのかも。歌舞伎は忠兵衛の和事芸に重点をおいているけれども、もとの近松の『冥途の飛脚』の本文は世間描写が面白かったという記憶がある(たしか)。愛之助の八右衛門や門之助のおえんを見ていて、そのことを思い出した。とにかくも、これから少しずつ解剖したいものだ。

とかなんとか、浅草歌舞伎を見たことで、懸案が生じたりと、いろいろとお土産をもらった気分。もともとお正月の浅草散歩だけでも絶好のお土産なのだけれども。なにかとよい思い出となりそうな1日であった。