中央線年末日記

正月休み2日目は張り切って早起き。部屋の掃除を済ませたあとイソイソと阿佐ヶ谷へ向かった。本日の車中の読書は黙阿弥『加賀鳶』(岩波文庫)。駅から映画館へ歩く途中の狭い路地は食材を買い求める人々でひしめきあっていて、屋根から解けた雪がポタポタと雨のように降ってきて、上を見上げると日が射している青い空なのだった。映画はモーニングショウと午後の1本目を見た。その間の空き時間にふと思いついて、お年賀用にと「うさぎや」でお菓子をみつくろった。近所の人々がひっきりなしに訪れてちょっとした行列。そんなザワザワ感がなかなかいい心持ち。ちょいと時間がかかったおかげでちょうどよい時間つぶしになったのも嬉しい。

映画のあとは、昨日神保町に行き損ねた心の隙き間をうめるべく、隣の荻窪へ。ささま書店は開いているかしらと不安で、ささま書店が見えそうになったところで電車の窓から様子を伺うと、店頭の100円コーナーにひしめきあう人々が見えて急に興奮。その数分後には100円コーナーの雑踏の一員と化しているわたしであった。ささま納めに満足満足、興に乗って隣の西荻にも足を伸ばすことにして、音羽館とゴゴシマヤをめぐったあと、コーヒーを飲んでひと休み。買った本を次々にめくってしみじみ至福。喫茶店ではいかにも西荻という感じの時間が流れていた。帰りの電車のなかでは買ったばかりの「彷書月刊」最新号を読んだ。帰宅すると来月の五反田古書展の目録が届いていた。


映画メモ


2本とも昭和33年の大映映画。昭和30年代の大映映画は先日『宝石泥棒』というのを見たばかりだったので、食傷気味という感じがなきにしもあらずだったかも。こういう映画は何カ月かに1本というのがちょううどよい頻度のような気がする。2本とも山茶花究が出演しているというのが嬉しく、2本ともちょっと自棄なのかという演技で、山茶花究ウォッチングがツボな2本であったので、見た甲斐は大いにあった。

  • 『氷壁』増村保造(1958年・大映)*1 / ラピュタ阿佐ヶ谷《昭和の銀幕に輝くヒロイン 山本富士子》*2

増村保造ならではの個性はそんなには感じられないいかにも大映映画という映画なのだけれども、いつもの通りに昔の俳優と銀幕に映る風物を眺めるだけでも結構面白い。

菅原謙二と川崎敬三は山岳仲間、 川崎敬三が人妻・山本富士子との失恋が決定的になった直後に山に登った二人、氷壁を登る途中でザイルが切れて川崎敬三事故死、自殺なのかザイルに欠陥があったのかで世の中騒然、ザイルの化学メーカーの研究者は山本富士子の30も年上の夫の上原謙なのというのもなんという因縁、死んだ川崎敬三の妹の野添ひとみは菅原謙二を慕っている、山本富士子もどうやら菅原謙二慕っているらしい、菅原謙二も山本富士子を慕っているらしい、一連の人間関係を薄々察しているらしい上原謙、そして最後に山に登ってすべてを断ち切ろうとする菅原謙二! 以上、乱暴にまとめてみるとストーリー展開はこんな感じ。単なる好みの問題なのだけれども、女優としての山本富士子があんまり好みではなくて、主役をはっているときよりも脇に控えている方がかえって存在感があるという女優という気がする。要するに二人の男を死に追いやったという面もある一人の女といった役柄なのだろうけれども、そういう女優としてのオーラがあんまり感じられず、女優が変わることでいくらでも面白くなる映画なのかも。たとえば成瀬巳喜男の『女の中にいる他人』における新珠三千代はしみじみ見事だったなあとか、いろんな映画を思い出したのがたのしかった。

映画のなかでは、菅原謙二の上司の山茶花究がいい上司だなあと眺めてたのしかった。野添ひとみがひたすらかわいく、野添ひとみはこういう「妹」的な役がいかにもぴったり。老け役の上原謙は白髪頭、上原謙は黒髪であってほしいと思った(どうでもいいが)。その田園調布の邸宅描写(台所や書斎の様子など)が面白かった。30年上の旦那さまと山本富士子との会話の様子なども面白い。川崎敬三が登場しょっぱなから、もうさっさと失せてしまいなさいというような情けないオーラを発していた。菅原謙二はなかなかかっこよくて、ステンカラーのコートがよく似合う。幕開けは銀座のすし屋、待ち合わせをする喫茶店の2階、二人で話す日比谷公園、オフィスビルの様子など、「銀幕の東京」もいつもながらにたのしくて、細部をいろいろ眺めているのが面白かった。

  • 『有楽町で逢いましょう』島耕二(1958年・大映)*3 / ラピュタ阿佐ヶ谷《なつかしの歌声〜映画とともに甦る昭和のヒット歌謡曲》*4

場内が暗くなってスクリーンにさっそく映るのは「有楽町で逢いましょう」を歌うフランク永井。このいかにも昭和30年代的なレトロ感に笑う。今は量販店になってしまったかつての有楽町そごうが舞台で、映画に映っていた女神像が今でもあるのだろうか、今度通りかかったら確認してみようと思った。大阪のそごうでファッションショウを終わらせて東京に向かう京マチ子、仕事場は有楽町のそごう、有楽町の駅にさしかかるまでの電車の車窓から見える風景と今との風景を比較して胸が躍った。

京マチ子は大阪の大きな商家の出だったみたいだけれども、今では東京でおばあちゃん・北林谷栄と大学生の弟・川口浩を養っている働く女。大阪にはかつてのばあやの浪速千栄子がいる。川口浩のアメフト部の OB らしい菅原謙二とその妹・野添ひとみ。京マチ子にお洋服をあつらえてもらったのを機会に野添ひとみは川口浩と出会い、東京行きの電車のなかで出会う菅原謙二と京マチ子、ふたりの交際を反対する京マチ子、云々といった感じで、実に他愛がないのだけれども、その他愛のなさ加減をたのしむといった映画で、典型的「大映女性映画」といった趣き、半年の一度くらいの頻度で見ていたらもっとたのしめたに違いないと思った。お洋服屋さんが登場したり、野添ひとみの女子寮の様子などなど、多分に少女漫画的なのが面白かった。脇に控える浪速千栄子と北林谷栄の好演がとてもよかった。

帰宅後、川本三郎著『銀幕の東京』(中公新書)を繰った。「有楽町」の項で奥野信太郎編『東京味覚地図』のことに言及していた。戸板康二が「新橋」の項を執筆している『東京味覚地図』の刊行はこの映画とおなじ昭和33年なのだなあと嬉しかった。


購入本

ささま書店ではいつもの通りに店内に足を踏み入れる前に100円コーナーを物色。するとさっそく歌舞伎学会誌「歌舞伎 研究と批評」が数冊並んでいて狂喜乱舞。これらは先月来たときは300円コーナーに並んであった。もう少し待てば100コーナーに来てくれるかもと当時購入を見送ったのだったが、見事にもくろみ通りに事が進んでニヤリとほくそ笑み、持っていない号を迷わずすべてごそっと手にとった。100円コーナーでは、菅原寛『随筆・演劇風聞記』(世界文庫、昭和40年)、矢代静一『銀座生れといたしましては』(新潮社、昭和54年)も買った。と、またもや100コーナーだけですでに大満足で、店内では一通り下見をしつつも、今回もおとなしく。

  • 北見治一『回想の文学座』(中公新書、昭和62年)
  • 小野忠重『版画 近代日本の自画像』(岩波新書、1961年)

古本屋でのたのしみのひとつが200円以内での新書ショッピングなのだったが、店内では前々から探していた2冊見つかって大喜びだった。

  • 坂東三津五郎『歌舞伎 虚と実』(玉川大学出版部、昭和48年)

前々から集めたいと思っている八代目三津五郎の著書が何冊かあってしばし迷った。まずは500円のこの本に決めた。創元社の『名作歌舞伎全集』の月報の芸談がもとになっているのだそうで、『名作歌舞伎全集』の月報は前々から面白いなあと思っていたので、こういう本が出版されていたと知って大喜びだった。


西荻窪では音羽館とゴゴシマヤをめぐった。

  • 尾崎紅葉『多情多恨』(岩波文庫、2003年)
  • 真山青果『随筆滝沢馬琴』(岩波文庫、2000年)

昨日坪内さんの文章を読んで欲しいと思った数多い文庫本のうちの1冊、『多情多恨』をさっそく買うことができてホクホク。さっそく読みはじめるとするかな。前々から気になりつつも未入手だった『随筆滝沢馬琴』は解説が高田衛さんで喜び2倍だった。

  • 都筑道夫コレクション《アクション篇》『暗殺教程』(光文社文庫、2003年)

光文社文庫の《都筑道夫コレクション》はリスト順にこれで全6冊揃ったことになった。現時点で読了しているのは『女を逃がすな』と『猫の舌に釘をうて』までの二冊。ゆっくり集めてゆっくり読み進めるとしよう。たのしみ。今年読んだ「恋愛小説」でもっとも心に残ったのは『猫の舌に釘をうて』であった。今年知った書き手のひとり、都筑道夫。これから先ずっとその著作に接していきたいものだと思う。

  • 紅野敏郎『本の散歩 文学史の森』(冬樹社、1979年)

雑誌「国文学」での昭和47年5月から昭和52年2月までの連載をまとめたもので、ちょっと立ち読みすると、読みたい文章の目白押しですぐに欲しくなり、値段も安いのでひょいと買った。はじまりは、三田文学ライブラリーの『回想の石丸重治』というのもいい。「中村星湖の『多情多恨』評」という文章があったりもする。中村星湖は久保田万太郎のデビュウを語る上で欠かせない人物、と思ったら、「万太郎における父と子」という文章があったりもする、……などとなにかと興奮。