金曜日の朝、今週のお買いものメモ

金曜日の朝は岩波の日本古典文学大系、ということで、だいぶ早くに外出して、朝は喫茶店でコーヒー。先週末に行き損ねたので、せめて本文を読むとするかなとほんの軽い気持ちで旧大系の『近松浄瑠璃集』の下巻を持参し、『嫗山姥』を読み始めることに。と、ひとたび読み始めてみると、とてもおもしろくてウキウキ。ふっと場面が変わって身をやつしている男女が登場する瞬間の描写の見事なこと。謡曲の『邯鄲』をもじった「寂光の豆腐茶碗酒のたしなみもかくやと思うばかりの鱠かな」というくだりが好きだー、などなど、なにかと興奮で、敵討ちされる大男が登場する瞬間のぬうっとした感触もたまらない。と、思っていた以上に、朝っぱらから『近松浄瑠璃集』でハイになってしまった。二段目のいよいよ八重桐さんが登場するというところで時間になった。旧大系の近松集は上巻が世話物で下巻が時代物というふうになっていて、下巻に「近松の言説」として『難波土産』が抄録されているのがまた嬉しい。先日、趣味展で入手した季刊雑誌「歌舞伎」の近松特集に掲載の文章で、武智鉄二が『難波土産』と絡めて論じているのを読んだばかりなのだった。この『近松浄瑠璃集』は上下で300円で買ったのだから、それにしても安上がりな道楽だ。思い起こせばあの夏の日の夕方、荷物が重くなるのもいとわずに買っておいてよかったとつくづく思う。よくぞ買ったと過去の自分を褒めてあげたい(勝手にしろ)。


以下、ここ数日間に買った本のメモを延々と。

購入本

前々から土曜日は早起きして歌舞伎座の幕見席へ出かけて福助の『嫗山姥』を見物、奥村書店で本を見たあとで次なる目的地へ行くとしよう、というような計画を立てていて、計画しただけでワクワクしていた。というわけで、土曜日は予定通り、意気揚々と歌舞伎座の幕見席へ。のはずが、諸般の事情でモタモタしてしまって、結局幕見席は断念。しかし、奥村書店へはきちんと出かけた。時間がだいぶ余ってしまったので、奥村書店のあと、コーヒーを飲んでのんびりできたので、志半ばでもそれはそれでよかった、ということにしておこう。

  • 久保田万太郎・河竹繁俊編『楠山正雄歌舞伎評論』(冨山房、昭和27年)

奥村書店へ出かけたのは『楠山正雄歌舞伎評論』を買うため。先日『楠山正雄戦中・戦後日記』を買ったのを機に、前々からとても気になりつつも機会を逸していたた本をぜひとも入手せねばと思ったのだった。昭和25年に他界した楠山正雄の三回忌に刊行された演劇論集で、歌舞伎に関する文章を読める唯一の書。久保田万太郎と河竹繁俊が編者として名を連ねていて、三田と早稲田の連名になっているのが面白い。河竹繁俊と楠山正雄は早稲田で坪内逍遥門下という共通項があり、久保田万太郎とは大正4年の小山内薫を中心にした世話狂言研究の「古劇研究会」での顔なじみ。久保田万太郎の序文に、

《「世話狂言研究」以来の道づれ、といっても、いまではもうにわかにはわかるまいと思いますが、大正4年、当時「三田文学」の編集に関係しておったわたくしが、小山内薫先生を擁しての「古劇研究会」というものをおもいつき、まず手始めに、黙阿弥だの、南北だの、五瓶だのの作品の、再検討、再評価を試みる計画をした際、木下杢太郎、長田秀雄、岡村柿紅、吉井勇の諸君とともに、楠山さんにも、その仲間入りを懇請したことがあったのであります。》

という一節があり、楠山正雄に懇請したのは、「早稲田には、君、何んといっても、楠山君という人がいるからね」と「なみなみならぬ尊敬と信頼」を持って常に言っていた小山内薫の発案によるものだとのこと。敗戦間近の頃に戸板康二が「日本演劇」の編集者として原稿を依頼した羽左衛門論が雑誌に掲載されたとき、折口信夫も「楠山さんはやはり早稲田では一番だね」と、小山内薫とおんなじことを言っていたことが『折口信夫坐談』でわかる。みんなから一目置かれていた楠山正雄の演劇論の遺稿集、本当によくぞこういう本を作ってくれたものだと思う。今までずっと機会を逸していたのはとんだ怠慢であった。これから折に触れ大事に読み続けて、楠山正雄の時代というようなものを少しずつ考えていければいいなと思う。

  • 戸板康二『歌舞伎この百年』(毎日新聞社、昭和53年)

と、予定通り『楠山正雄歌舞伎評論』を手にとったあと、しばし棚を物色。すると、先日買おうと思っていた『歌舞伎この百年』があるではないかと、パッと手にとった。いろいろと欲しい本はあれども今日のところは以上2冊にしよう、と、今回はめずらしくスパッと決まった。野口達二が編集していて松竹が出していた「歌舞伎」という雑誌があり、三木竹二の「歌舞伎」から数えると第3次にあたる。季刊雑誌で創刊は昭和43年、ちょうど10年間の計画でスパッと全40号という雑誌。ちょくちょく立ち読みしていて、そのたびに断片断片を面白がっていたのだったが、このところ急に執心していて、図書館でじっくりと眺めていたところなのだった。今までそんなには気にしていなかった『歌舞伎この百年』には、その「歌舞伎」が初出の戸板さんの文章が収められていて、図書館でじっくりとうーむと読んでいた十五代目羽左衛門や六代目菊五郎に関する文章をあらためて読めるというわけで、とても嬉しかった。楠山正雄の本と合わせて、歌舞伎と近代、という感じで、モクモクと刺激的。戸板さんの本を買ったのはひさしぶりだったので、たいへん嬉しかった。戸板さんの未読本を買って、そのあとすぐにコーヒーを飲みながら読みふける、というのがここ数年来のたのしみだったけど、未読本が少なくなってきて、だんだんその機会が減っていた。



週末にみはる書房から本が届いていて、留守をしていたので週明けに郵便局へ取りに行った。

  • 円城寺清臣著『東京の劇場』歌舞伎資料選書3(国立劇場芸能調査室、昭和53年)

これは何年も前から欲しかった本。いつもちゃんとした値段が付いていてなかなか機会がなかった。あとがきによると「明治期から昭和初年までに東京に存在した約40の劇場について、その変遷や演劇史上の意義、あるいはこれにまつわるエピソードなどを平易な文章で物語ふうに綴ったもの」で、生前での刊行を果たせず他界してしまったとのこと。阿部優蔵著『東京の小芝居』(演劇出版社、昭和45年)という似た本があったために著者は生前刊行を遠慮したのではないかというふうな記述もあった。『東京の小芝居』は以前安く売っているのを見つけて入手済みなので、2冊セットでこれから折に触れ大事に参照したいものだと思う。著者の円城寺清臣は「万朝報」の主筆の円城寺清の息子で帝国劇場の文芸部に勤め、同僚に河竹繁俊や浜村米蔵がいて、そのあと早稲田の演劇博物館にうつった。戸板康二の著書に『思い出の劇場』というのがあって、少年時代から芝居見物とその舞台としての東京、みたいな内容がとても好きで、戸板さんの本を読むようになってから、近代文学を読むときに東京の劇場が登場すると、そのたびに胸を躍らせていたものだった。そんな際の絶好のサイドブックだし、円城寺清臣の文章そのものや彼をとりまくあれこれがとてもいい。というわけで、入手できてたいへん嬉しい本だった。国立劇場の歌舞伎資料選書はほかにも気になっている本があるので、またみはる書房で入手できたら嬉しい。

  • 村尾栄一郎『古書のほそみち』(芸林荘、昭和60年)

これも前々から欲しかった本。鎌倉へ出かけるたびにたのしみにしている古本屋さん、芸林荘のご主人の文章集。当の芸林荘で売っているのだけれども、照れがあったのかなんなのか、購入に踏み切れなかったのだった。めでたく読むことができて嬉しい。芸林荘の創業は昭和22年、日本橋にて。100ページ程の薄い本で一気に読んでしまった。古書随筆はそのたびに必ず面白いけれども、芸林荘のこの本は、芸林荘の品揃えを見れば納得のお能のことに関する話がちょろっと混じったりして、そんな芸林荘ならではな感じがとてもよかった。買い取りの際の旅先のことを綴ったのが多くて紀行文的なたのしみもある。歌舞伎下座囃子の十一世田中伝左衛門の『囃子とともに』に出てくるという名器がもとは芸林荘にあった、というくだりにうっとりだった。「梅の胴」という小鼓のことで、田中伝左衛門が入手したのが昭和29年、お父さんがその音を聞きつけて、明治30年に鹿島清兵衛のお供をした際に浅草田圃の大金で、鹿島清兵衛の実兄が自慢の鼓を打った、その音があまりに素晴らしい音色で今でも耳にやきついていると言い、確かめてみると、まさしくその小鼓のことだったという。めぐりめぐっていま目の前にある「梅の胴」! と、鹿島清兵衛のことがいきなり登場したものだからたまらない。鴎外の『百物語』のことを思い出した。それから、旅先で遭遇した奇人についての文章で、この奇人のことを徳川夢声が昭和32年の「オール読物」新年号に「資産五億円」と題して紹介しているとのこと。その夢声の文章、ぜひとも読んでみたい。

  • 副島八十六『義太夫新論』(東京堂、大正3年)

と、以上2冊だけにしておけばいいものを、勢いに乗って『義太夫新論』を思わず注文。こちらは目録で初めて存在を知った本。そして、いざ届いてみると、たいへんツボのすばらしい本だった。杉山其日庵『浄瑠璃素人講釈』を知ったあとに出会えて嬉しい1冊。それにしてもすばらしい。本を繰るとまず延々といろんな人の序文に遭遇する。森鴎外、坪内逍遥から始まって、幸田露伴も「予深く義太夫を解せず。偶々吾が思ふ所を録して贈る。我ただ古芸術を古芸術として存しめんと欲するのみ。」という文章で締めた格調高い文章を贈っている。そのあとで読むことになる、副島八十六の序文が面白すぎる! 杉山茂丸といいこの人といい、義太夫愛好家のなんと濃いことだろう。義太夫が人を異常にさせるのか、はたまた義太夫に魅入られる人が異常なのか。などと杉山茂丸のことを思い出していたら、巻末にまさしく「出たー!」という感じに杉山其日庵の濃厚な文章を読むことができるのだからたまらない。杉山其日庵と副島八十六は「義太夫節に対する破格的親友」で、副島は実演はしないという点でのみ其日庵と違うのだという。以下、『浄瑠璃素人講釈』で堪能した其日庵ならではの濃厚な文章がメンメンと続く。涙が出るほど大笑いであった。『義太夫新論』はわが書架の『浄瑠璃素人講釈』の隣に並べておこうと思う。その隣は岡鬼太郎の『義太夫秘訣』。

などなど、今回の「みはる書房」は大収穫だった。目録を見てファックスで発注したあとは、買い過ぎかしらとちょいと罪悪感であったが、いざ届くと、副島八十六と杉山茂丸のおかげで一気にハイテンションだった。



火曜日、京橋図書館へ向かう途中のマロニエ通りの奥村書店にて。

  • 『花あれば 角川源義追悼録』(角川書店、昭和52年)

出版人の追悼文集というと毎回ついそそられてしまって、奥村書店でこの本を見たときまず最初に思ったのは戸板康二の文章は収録されているか! いかにも収録されていそう! ということだった。が、いざ立ち読みしてみると、いくら探しても戸板康二の名前が見当たらず残念、本当に残念。池田弥三郎や加藤守雄は登場しているのに、なぜ戸板さんが登場していないのだろう。などとぼやきつつも、目次の並びを見てみると、とても面白そうで、これは欲しいと思った。1000円までだったら戸板さんが載っていなくても買おうと思ったら、ぴったり1000円だったので、めでたく買うことができた。松本清張や山本健吉、田辺茂一といった人たちが弔辞をよんでいる。以下、井伏鱒二、井上靖、永井龍男、幸田文、水上勉、といったふうに追悼文が続き、車谷弘や安住敦が登場していたのも嬉しかった。

敗戦直後に創業の角川書店、その背後の出版史というのも面白くて、岩波新書に対抗した角川新書の創刊は昭和25年。そのアドヴァイザー的なことをしていたのが串田孫一や矢内原伊作で、昭和25年にはさっそく戸板康二の『歌舞伎の話』が角川新書から発売になっている(ちなみにこの3人の共通項は戦前の同人誌「冬夏」)。角川新書の戸板康二の著書はもう1つ、『新劇史の人々』があり、これも大好きな本。と、角川新書の『歌舞伎の話』のことを思い出していたら、翌日、講談社学術文庫化のことを知った次第。ああ、なんという因縁だろう。角川源義は折口信夫の『古代研究』に感動のあまり、昭和12年に国学院に入学して折口門下となった。といったような、折口門下の系譜といったことも考えさせられる。昭和28年に雑誌「俳句」で折口信夫と久保田万太郎の座談会を企画したのも角川源義で、その司会をしたのが戸板康二、それからまもなく折口は亡くなった。

それにしれも、かえすがえすも戸板さんの追悼文を読みたかったと思う。と、いつまでもぼやきつつも、この本を手にしたことで、戸板康二がらみでいろいろと思うところがあったので大収穫だった。



木曜日は心持ちよくウカウカと神保町へ寄り道。ちょっと寒い日で、ツンとした空気が頬に気持ちよい神保町の夜であった。今回は岩波ブックセンターには行かず、書肆アクセスへ突進。なぜならば、神保町の来訪目的は「スムース文庫」だったから。

  • 大庭柯公『複刻ふるほんやたいへいき』(sumus 文庫、2004年11月)
  • 築添正生編『1914年 ヒコーキ野郎のフランス便り』(sumus 文庫、2004年11月)

と、予定通りにスムース文庫を買ったあとは、気が向いて、まだ開いている古本屋さんを何軒かめぐり、年末に向けていろいろと下見。

  • ドナルド・キーン・戸板康二『日本の伝統5 歌舞伎』(淡交新社、昭和43年)

とある軒下で300円で発見。戸板康二の著書を集めている身としては無視できない、が、と、立ち読みすると、月報に河野鷹思の「歌舞伎の色を憶う」と題する文章があったので、嬉々と購入。装幀は田中一光。田中一光装幀の歌舞伎本というと、武智鉄二の『かりの翅』とか三津五郎との対談集『芸十夜』が頭に浮かぶ。装幀そのものは、上記2冊と同じようにこの『日本の伝統』も、インパクトはあるけれどもあまり好みではない。いずれも昭和40年代に刊行の本ということで、時代を感じさせるような気もして、興味深いという気はする。田中一光装幀本の系譜というか、なんというか。この手の本は豊富に収録されている図版を見るだけでもたのしく、舞台写真のみならず、演博にあるような「歌舞伎十八番双六図」とか「都万太夫座図」といった資料を発色のよい大きめの図版で見られるたが嬉しかった。戸板さんの文章も、今までいろいろと読んだあとに読むと、なるほどというようなところがいろいろとあり、最後の「今日の歌舞伎」として歌舞伎の現状について率直に綴っているのもなにかと興味深かった。