『歌舞伎の話』文庫化、「銀座百点」展

日没後の銀座で ggg の山名文夫展と松坂屋(松屋ではありません)で開催の「銀座百点」展をめぐる予定でいたのだけど、結局出るのが遅くなってしまって、今日のところは閉店間際のデパートで「銀座百点」展だけ見物することとなった。山名文夫展もたのしみたのしみ、師走の銀座界隈がとてもいい感じだ。今日は一日ずいぶんくたびれたので喫茶店でひと休みしてから帰宅。

id:kanetaku さんから、戸板康二の昭和25年の著書『歌舞伎の話』が来月、講談社学術文庫に入ると教えていただいて、びっくりびっくり、もうひじょうにびっくり。『歌舞伎の話』の元版は角川新書で、5年前の1999年、『歌舞伎への招待』に感激した直後に奥村書店を再訪して買ったのがこの本だった。そのあと京橋のフィルムセンターまでテクテク歩いて、映画の待ち時間にさっそく読み始めたときのことをよく覚えている。残暑がジリジリしていた。見た映画のタイトルの方は忘れてしまった。とにかくも、『歌舞伎への招待』と勝るとも劣らず、戸板さんの全著書のなかでもひときわ好きな本だし、愛着もひとしお、戸板康二道まっしぐらになったのはこの本に負うところが多い気がする。今でも昭和20年代の戸板康二が一番好きなのだった。

『歌舞伎の話』は「その○○」というのが第8話まで続くというスタイルで、第一話は「その批評」。「その批評」で始まる「歌舞伎の話」というのがたまらない。この文章でわたしは初めて、三木竹二、岡鬼太郎、杉贋阿弥、三宅周太郎のことを知ったのだった。この本で歌舞伎を語る戸板さんの一人称は「わたくし」、戸板さんの全著書で唯一の「わたくし」。前書きでは「歌舞伎に対する知識をほとんど持っていないインテリゲンチャ」に読んでもらいたいというふうなくだりがある。あとがきで戸板さんは《この本では歌舞伎を語りつつ、観劇の倫理といったようなことを主張したかった。》というふうに書いている。

そのあとがきで一人称はいつもの「ぼく」に戻っていて、《この本は、歌舞伎の「批評」「歴史」「役柄」「演技」「劇場」「脚本」「芸術性」「大衆性」の八節に分けて、述べてある。前に書いた『歌舞伎への招待』という拙著の見出しと、全く趣をかえているのは、同時に、入門書と、この書物の違いである。》と書いているのだが、『歌舞伎への招待』が岩波現代文庫になったちょうど1年後に、『歌舞伎の話』が現代によみがえるなんて! 

などと、いつまでも興奮が収まらないのだった。びっくりしたなあ、もう。


展覧会メモ

  • 「銀座百点」創刊600号記念展 / 銀座松坂屋7階催事場foujita2004-12-08

たのしみにしていた「銀座百点」展は入口でさっそく大喜び。1955年の第1号を復刻したものと1996年の500号記念号を2冊セットにしたものを、募金していただいた方に差し上げます、とあったのだった。500号の方は、川野黎子・大村彦次郎・豊田健次というすごい顔ぶれの文藝編集者による「思い出の作家たち」という鼎談を以前図書館で読んで、胸を躍らせたものだった。秋山庄太郎による「銀座百点の写真」というグラビアコーナーもなんとも嬉しい。と、500号記念の全体が「銀座百点」ファンにとってはたまらない内容で、今回、600号記念の展覧会で本誌を入手できたというめぐりあわせがとても嬉しい。募金箱の前に置いてある、というのも実に粋なはからいだなあと思った。さらに、第1号の復刻がまた嬉しすぎる。佐野繁次郎の表紙を開くと、文春女性編集者座談会に岡富久子さんがいた。

展覧会そのものは特に新しい発見はなかったのだけれども、スライドショーなるコーナーで「銀座サロン」の写真を何枚も見ることができて、したがって、何度も往年の戸板さんの姿を見られたのが嬉しかった。戸板康二といえば、恒例の「忘年句会」のパネルで、1971年の句会の記録で、戸板さんの詠んだ句が「言海にかけるはたきや掃納」というもの。季節感ぴったりで「いいなあ……」とジーンとなった。「銀座百点」展が師走に催されているというのが見事だなあと思った。「かさ高の和本書斎の掃納め」という戸板さんの句もあり、書物と俳句の取り合わせが共感大だった。隣の清水崑の「古本の化けて今川焼愛し」という句もいいなあ。

期待していた系統だった資料を新たに発見というのはなかったものの、「銀座百点」気分にひたる、という面では嬉しいことがいっぱいの展覧会だった。もともと、第1号の復刻と第500号を入手、というだけでも来る価値がありすぎるくらいだったのだけど。