小石川の酒席にて

小石川にて、西秋書店若主人氏と新・読前読後(id:kanetaku)氏と飲み会。焼酎片手にワアワア言いながら、藤沢清造のこととか保昌正夫さんのこととかいろいろ話しているうちにあっという間に時間が過ぎた。次回の地下室の古書展(http://underg.cocolog-nifty.com/tikasitu/)は来年1月16日から三日間ですって! と手帳にメモすべく来年のリフィルを買いに早く行かねばと思った、明日は、三の酉。(この日記を書いているのはその1週間後……。)

購入本

アルコールのみならず、西秋書店出張販売でいつまでもホクホクの一夜であった。

  • 池田弥三郎『わが幻の歌びとたち 折口信夫とその周辺』(角川選書、昭和53年)

今回一番の衝撃はこの本。このような本が出版されていたとは! と、とにもかくにもたいへんな代物。慶應国文科の折口信夫の教室にいた波多郁太郎の昭和2年から彼が急逝する昭和18年までの日記をほぼ全文収録して、池田弥三郎が注釈を加えている。波多郁太郎は三田の折口門下として、池田弥三郎や戸板康二の先輩にあたる人物。彼の日記が公開されたことによって、三田の折口信夫に関してはほぼ筋を通すことができた、というふうに池田弥三郎は書いている。波多郁太郎の存在を初めてしっかりと心に刻んだのは去年に『三田の折口信夫』という本をお貸りしたときのことで、『三田の折口信夫』は折口歿後20年を記念して編まれた書物で刊行は昭和48年。この波多郁太郎日記は昭和53年の発行で歿後25周年を記念したものとなっている。

波多郁太郎は昭和4年に折口信夫に卒票論文を提出して慶應国文科を卒業している(ちなみに池田弥三郎は昭和12年、戸板さんは13年)。お父さんは波多海蔵でミツワ石鹸の重役で、日本舞踊協会の会長だった人。国文科に進んだときにすでに「三田文学」で劇評を書いていた戸板康二は、10年先輩の波多郁太郎から「先生とは芝居の話ばかりしている」と言われ、折口としじゅう芝居の話をするなんてとたいへん羨ましく思ったのだという。当時軽々しく芝居の話をする雰囲気は皆無だったのが、後年『折口信夫坐談』を残すという展開になり、さらに折口自らが戸板康二の編集していた雑誌のために歌舞伎の文章を書くことになるのだった。その『かぶき讃』がもうすぐ中公文庫の新刊というかたちで手にするところで、この『わが幻の歌びとたち』のことを知ったという展開は、嬉しいという言葉をいくら使っても足りないくらいとても嬉しい。

それにしても、波多日記と池田弥三郎による注釈をじっくり読むと、折口教室のある種の雰囲気(異常さ、といってもいいのだろうか)にあらためて目を見開かされる。国学院と慶應義塾の兼任をしていた折口、それぞれの門下生の違いについては戸板康二も書いていることではあるけれども、とにもかくにも「三田の折口信夫」をさらに追求せねばと思うのだった。今まで避けて通っていた加藤守雄の本も読まないといけないかな。まあ、今は、波多日記によって判明した戸板康二関係の諸々に興奮しているところ。

  • 酒井忠康『青春の画像』(美術公論社、1982年)
  • 生島遼一『芍薬の歌 』(岩波書店、1984年)

いずれも様々な雑誌に掲載された様々なテーマの短かめの文章を集めたという体裁の本で、こういう本がいつも大好きだ。何冊でも読みたい酒井忠康本は、目次を見て大喜びの、萬鉄五郎や松本竣介、瑛九、村山槐多、関根正二、靉光といった、大正・昭和の画家のポルトレ。坪内祐三の『まぼろしの大阪』を読んでわたしも生島遼一のエッセイを読んでみたくなった。この本は泉鏡花に関する文章がたくさん収録されていて、口絵には小村雪岱の「深見草」が綴じ込まれてあるという外見だけでもたまらないのだったが、目次もじつにいい感じ。まっさきに読んだのは「鏡花と能楽」という文章。これから少しずつ生島遼一の本を手に入れたいなと思った。

  • 阿刀田高他『お笑いを一席』(新潮文庫、昭和56年)

『お笑いを一席』もわたくし大喜びの1冊。《当代一流の才人たちがとっておきの新作落語でご機嫌をうかがいます。文庫オリジナル》という、「小説新潮」や「別冊小説新潮」に掲載されていたもの。ずいぶん前にネットで戸板康二作の落語も収録されているらしい! と知って、古本屋での邂逅を待ち望んでいたのだったが、長く待ち望んでいたあまり、最近は待っていることすら忘れそうだった。その『お笑いを一席』が急に目の前に! とにかく顔ぶれが豪華で、阿刀田高で始まり、飯沢匡、井上ひさし、色川武大、江國滋、長部日出雄、駒田信二、塩田丸男、田中小実昌、都筑道夫、戸板康二、野坂昭如、藤本義一、結城昌治、どんじりに控えるのは和田誠だー、と思わず全員の名前をメモ(ああ、くたびれた)。さらに嬉しいのが、それぞれの作者のページ扉に山藤章二による似顔絵(全員、高座姿)が描かれていることで、戸板さんの絵を眺めていつまでもニンマリがとまらなかった。

  • 関容子『花の脇役』(新潮文庫、平成14年)

関容子さんの本も前々からぜひとも読まねばと思いつつ、今日まで機会を逸していたもの。解説は渡辺保! と喜んでいたら、西秋さんは装幀の和田誠に注目していたとのことで、なるほどと思った。渡辺保さんの解説に、関容子さんの仕事を脇役の芸談の歴史のなかに置くにあたって、

《もっとも下廻りの芸談に注目したのは関容子が最初ではない。森鴎外の実弟、劇評家三木竹二(1867-1908、本名森篤次郎)であった。近代的な劇評の確立を目指した三木竹二にとって、主役と同時に脇役にも目を配るべきという配慮があったのだろう。彼は自分の編集していた雑誌「歌舞伎」に、馬の足や犬に扮した脇役の芸談や立ち廻りの芸談を掲載して注目を浴びている。当時は脇役に人材が豊富で、なかでも脇役の芸談として注目を浴びたのは、邦枝完二の『松助芸談』だろう。……》

というような一節がある。三木竹二とわが愛読書『松助芸談』の名が登場したのが嬉しくて、つい長々と抜き書きしてしまった。『松助芸談』という本を書いてくれたというだけで邦枝完二のことが好きになってしまったものだった。と言いつつ、小村雪岱を機に気にかけるようになった邦枝完二の本は何冊か手元にあるけれども『松助芸談』以外は未読なのだった。