七代目三津五郎、歌舞伎座夜の部日記

目を覚まして寝床から手を伸ばしてラジオのスイッチを入れてみると、「音楽の泉」ではモーツァルトのヴァイオリンソナタ、K379 の第一楽章の長い序奏のところがきこえてきて、胸がいっぱい。この曲、大好き。序奏が終わって短調に入るところもよいし、第2楽章の変奏曲も絶品だ。1996年初夏の五嶋みどりリサイタルで初めて聴いた曲で、この日のサントリーホールには吉田秀和さんもいらっしゃったのだった。と、追憶にひたっているうちにまたもや寝入ってしまって、お昼過ぎにやっと起きた。ひさびさに思う存分寝られて妙に充足感。


戸板康二の『忘れじの美女』に「七代目三津五郎」という文章があるのを見つけた。

三津五郎の芸談は、利倉幸一さんがとって、「歌舞伎研究」(雑誌)にのせ、のちに「舞踊芸話」になったのが、じつにいい。

という一節があって、先日買ったばかりの『三津五郎舞踊芸話』のことを、戸板さんが「じつにいい」本だと書いてくれていて大喜びだった。それから、なにかと気になる三津五郎の荒事についての、

おどり以外のもので、三津五郎のよかったのは『藤弥太物語』、『新薄雪』の妻平、『車引』の梅王丸、『対面』の五郎、『矢の根』、異色なもので、『毛谷村』の斧右衛門、『め組の喧嘩』の序幕の藤松、などがすぐ出て来る。『対面』の五郎や梅王丸の形のよさは、絶品であった。ほんとうの荒事は、もうすこし豪快なものなのかも知れないが、隈もよく乗るし、五郎が工藤の杯のところで近づく動きのカッキリと、かどかどの規矩の正しさなど、何ともいえないものがあった。

という一節にも大感激。

というわけで、今、七代目三津五郎が熱い、と、歌舞伎座の夜の部開演までの時間を利用して、今週も京橋図書館へ出かけることに。『父三津五郎』(昭和38年)、『坂東三津五郎舞台写真集』(昭和27年)といった本を借り出して、タリーズへ移動してコーヒーを飲んで目を覚ましながら、ホクホクとめくった。それにしても、京橋図書館は歌舞伎文献が(書庫に)豊富に所蔵されていて、ありがたいことだと思う。これからもザクザクと発掘してゆきたい。

『父三津五郎』は三津五郎の附作者をしていた小島二朔が、芸能学会の機関誌「芸能」に「蓑助聞書」として連載していたものをまとめたもの。今日初めて存在を知った本だけれど、実にいい本。各章ごとの扉絵に岸田劉生の日記の抜き書きがあるという構成もたまらない。大正12年4月7日、三津五郎は新富座で荒獅子男之助をやっている。帰宅後、岩波文庫の『劉生日記』を繰った。

『坂東三津五郎舞台写真集』でも男之助の写真が見られて嬉しい。胸にうずまくパッションをおさえることができず、奥村書店へ三津五郎の舞台写真を探しへ行こう! と思ったものの、時間がなくて断念。帰宅後、奥村書店ホームページ(http://www2.odn.ne.jp/~aai41020/)に『菊畑』の写真(http://www2.odn.ne.jp/~aai41020/mp04.htm)があるのを見つけて感激。吉右衛門の智恵内に三津五郎の虎蔵、昭和3年9月の明治座所演。岡鬼太郎の『鬼言冗語』の「明治座の菊畑」を読んだ。吉右衛門の智恵内というと、戸板康二のデビュウ本『俳優論』の「智恵内」がとても好きで、「機嫌のいい役」という言葉が頭にぺったりと貼りついている。それにしても、戸板さんはうまいことを言う。


竹の屋主人が「人間を離れて歌舞の浄土にうまれ出でたる心地」と書いていた明治30年2月の歌舞伎座の、團十郎と菊五郎の『関の扉』に三津五郎は30日間通いつめたのだという。その『関の扉』について、岡本綺堂が『ランプの下にて』で、

団十郎の黒主、菊五郎の墨染――それらを単に巧かったとか面白かったとか言っても、それを実見しない人たちにはおそらく想像が付くまい。わたしもそれを説明するに適当な言葉を知らないのを甚だ残念に思う。ここらが明治以後における歌舞伎劇の最高潮に達した時代で、その後は強弩の末である。このときには常磐津の林中もまたその名音で満場の観客を陶酔させた。昔と言っても三十余年前のことであるから、その当時の観客は今も世間にたくさん生きているはずで、その人たちはわたしの言うことの嘘でないことを証明してくれるであろう。老人の繰言でなく、負け惜しみでなく、わたしはそのころ一人前の人間になっていて、そういう大歌舞伎の芝居を見物することの出来たのを一生の仕合わせだと思っている。

と書いていたのを思い出した。綺堂の文章があまりに気持ちよいので、つい長々と抜き書きしてしまった。

三木竹二の『観劇偶評』と饗庭篁村『竹の屋劇評集』で明治の歌舞伎にますます親しみが、なんて思っていたけれど、長年の愛読書の『ランプの下にて』を忘れてはならぬのだった。『明治劇談 ランプの下にて』が刊行されたのは昭和10年、版元は岡鬼太郎の『鬼言冗語』とおなじ岡倉書房。戸板康二は刊行直後に三田の本屋で購入してむさぼるように読んだのだという。その戸板康二は、六代目菊五郎を見たのを「一生の仕合わせ」だと後年書いているのだった。成人前から見ていない者の限界ゆえか、わたしは某かに対して「一生の仕合わせ」とまで思うほどには歌舞伎に親しんでいないのが実情なのだけど、戸板康二を知ったのは正真正銘「一生の仕合わせ」だと思っている。


芝居見物

  • 顔見世大歌舞伎『菊畑』『廓文章』『河内山』/ 歌舞伎座・夜の部

などなど、このところ、劇場以外のところで歌舞伎に興奮中なのだったが、劇場の椅子の時間もたいへんたのしかった。夜の部はいずれも「歌舞伎的な、あまりに歌舞伎的な」という演目ばかりだなあと思う。と、さながら「歌舞伎教室」という気分で、ウキウキしっぱなしだった。

『菊畑』と『一条大蔵卿』が歌舞伎の演目としてメジャーでありながらも、もとの『鬼一法眼三略巻』の浄瑠璃の方は上演が廃れてしまっているとのこと。『菊畑』は説明書きに必ずあるように、歌舞伎のそれぞれの役柄がそろっているとかセリフ廻しのこととか、歌舞伎ならではの特色がみなぎっているのがとても面白い。戸板さんが「智恵内」という文章で書いていた通りに、浅黄幕が落ちると、パッと智恵内が床几に腰掛けているという幕開けも見事だなと思う。今回の舞台はそんな吉右衛門の愛嬌にウキウキだった。顔見世ならではの豪華な配役で、芝翫が虎蔵をやっている、というのが特に興味深かった。登場人物が退場して、智恵内と虎蔵の二人舞台になるところ、竹本が葵太夫になるところからが特に面白かった。『すし屋』の弥助が惟盛になるシーンと同じように、虎蔵が上座へ移動して下座の笛は高貴な雰囲気で劇空間が変化するというところ。そのあとの智恵内と虎蔵の応酬のところの、竹本のあとにセリフになって振りがつく、というそれぞれ交互の動きにひたすらウキウキ。身をやつしてはいるけれど実は冷徹な武将、牛若丸といった描写も面白く、湛海を斬る虎蔵、その刀を拭う智恵内といった様式的所作がよかった。などなど演出に胸躍らせ、劇そのものを満喫、役者の芸を見るという余裕はないのだったけれど、そんな見物がとてもたのしかった。以前、吉右衛門で見てたいへん堪能した『一条大蔵卿』ももう一度見たいものだ。

「歌舞伎的な、あまりに歌舞伎的な」の権化のような『廓文章』がまた実にたのしかった。杉贋阿弥の『舞台観察手引草』をめくってみると、鴈治郎と仁左衛門で型がずいぶん違うらしく、図書館で『鴈治郎芸談』をめくってみたら、鴈治郎は松嶋屋の型を取り入れつつ自身の伊左衛門をつくっているらしく、そんな「歌舞伎をつくる」ということがしみじみいいなあと、『葛の葉』のときとおんなじように感激だった。もうすぐお正月という季節感にぴったりなのも嬉しく、以前に仁左衛門と玉三郎で見たときと同じように、松嶋屋の二人、我當と秀太郎のコンビが絶妙。いつもながらに濃厚な鴈治郎の「和事」をたいへん堪能。下駄を履いたり、羽織を着せてもらったり、その羽織を脱いだり、夕霧が登場したあと、懐紙を使う夕霧に、夕霧の裲襠を使った所作、万歳傾城と高坏(だったか)を堤に見たてるところか、炬燵を使った数々の所作、などなど、書いているとキリがないけれど、極度に洗練化された小道具遣いがひたすらたのしく、メンメンと繰り広げられる鴈治郎の身体を見て、雀右衛門との絡みを見るという、身体を見る、という歌舞伎そのものの歓びに満ち満ちた時間だった。そこに彩られる下座音楽が美しく、華やかだけどどこか物憂い合方が何度か繰り返されるのを耳にして、『碁太平記白石噺』のことを思い出したりも。大道具に組みこまれるように並ぶ竹本連中に夕霧登場後の常盤津など、音楽使いもいたく洗練されている。『廓文章』全体でほっこりと酔った時間であった。

などなど、今年の顔見世も、これぞ顔見世の豪華な配役で、これぞ顔見世の豪華な演目。最後の仁左衛門の『河内山』もただただ堪能。今まで吉右衛門で二度見ていていずれもたいへん堪能していたけれど、仁左衛門もあちこちで巧い! のだった。『河内山』は去年9月に見たときに、じっくりと演出を確認していたので、より余裕を持って見られたのがよかった。弁天小僧の浜松屋のような、大店の番頭ならではの子供のころから奉公していて中年の現在に至るという経歴が醸し出す番頭さんの鬱屈、『魚屋宗五郎』のようなわがままし放題だけどこれまたお殿様ならではの鬱屈に苛立つお殿様、といったような脇役描写も巧いものだなあと思った。明治の黙阿弥の洗練も好きだ。