演劇博物館と早稲田の古本屋

午後は目白。先日、東京の坂道の話をしていたところだったこともあって、ぜひ見てもらいたい坂道があると聞き、テクテクと散歩した。たしかに一見の価値あるスゴい坂道だった。末永く心に刻んでおくとしよう。前々から、東京の坂道で思い入れの深い、好きな坂道がある。その以前より大好きだった坂道のことを、後年、戸板康二が好きな道としてエッセイに書いているのを見て「あっ」と嬉しかったものだった。その坂道沿いに久保田万太郎が住んでいたことがあって、戸板青年が万太郎を初めて訪れた頃、住んでいたのがその坂道だった。戸板さんにとっても、懐かしい坂道なのだろうなあということが実感としてよくわかる気がした。今でも万太郎が住んでいた頃のたたずまいが残っていると戸板さんは書いていた。わたしがその道を頻繁に歩いていた頃もそのたたずまいのままだったに違いない。先日、ひさしぶりに歩いてみたら、相変わらずのたたずまいでとても懐かしかった。

午前中の時間が空いていたので、これ幸いと早起きして、早稲田大学構内の演劇博物館へ出かけた。目当ての千田是也展も面白かったけど、演劇博物館そのものがひさびさに訪れてみるとやっぱりとてもおもしろい。毎回たのしみなのが、三階の花柳章太郎の衣裳と歌舞伎衣裳のところ。今回の歌舞伎衣裳は、七代目三津五郎の踊りの、鶴菱小紋の衣裳の展示だった。『三津五郎舞踊芸話』を買ったばかりというタイミングで見ることになって嬉しい。「朝比奈もの」というジャンル、初代中村伝九郎のことなどをメモメモ。入口に無人野菜売場のように、100円を箱に入れてくださいと館報のバックナンバーが置かれてあった。ページを繰ってみると、三代目歌右衛門展のことが書いてあったので、嬉々と購入。荻田清著『笑いの歌舞伎史』の記憶が新しいところで手にすることになって嬉しい。1996年刊のもので、《逍遥と近松》展の展示報告にも「おっ」だった。明治の近松受容のこととか、調べてみたいと思っていた矢先だった。などなど、演博に来ると、いつもモクモクとたのしい。またいずれ、歌舞伎関係の大がかりな展覧会が催されるといいなと思う。

当初は図書室で調べものをする予定でいたのに、見学後は早々に外に出て、ぼんやりと古本屋街を通り抜けた。この先、出かけるところがあるしで、本を買うつもりは毛頭なく、単なる散歩というつもりで、まだ開いていないお店もある通りを、正午前のちょっと眠たい気分でテクテクと歩いた。と、ほんの散歩のつもりが、とある店頭で、岩波の新日本古典文学大系の式亭三馬集があるのを見かけて手に取ると600円だったので、うっ、これは無視できないと店内に足を踏み入れた。店内には同じく新大系の近松浄瑠璃集が売っている。先日、上下3000円で売っているのを見て近々買おうと思っていた近松集はおいくらかしらと、軽く確認のつもりで手にとってみると、上下で1200円であった。3000円で買うつもりでいた本がいきなり半額以下で迫ってくるとなると、思わず買ってしまうというのが人情というものだろう。……などと勢いに乗って、三冊一気に購入。うーむ、早稲田おそるべし。お会計のとき、店内に小沢昭一と永六輔のラジオが流れているのに気がついた。お店を出るときに、小沢昭一が先日の鈴本のことをちょろっと話していて、嬉しかった。うっかり荷物が重たくなってしまった。

坪内逍遥ゆかりの演博で千田是也展をのぞいたあと、古本屋で近松を買って、ラジオでは小沢昭一が聞こえてくるという、一連の流れがいかにも「早稲田」であった。


展覧会メモ

  • 千田是也展 ”新劇の巨人” −その足跡/ 早稲田大学演劇博物館 *1

戸板康二は、『演劇人の横顔』の「千田是也」の項で、

《チェーホフの死んだ年、その死んだ日に生まれた千田是也という話だが、仕事としては、小山内薫が置いて行ったものをうけつぎ、小山内薫の情熱も生涯も終わりを告げたラインから、改めて出発したという位置を、彼は占めている。つまり、小山内薫の死んだ時から、彼はそのバトンを、意識せずして、しっかりと握っているのである。》

というふうに結んでいる。チェーホフ没後100年の今年は千田是也生誕100年でもある。その生涯を時系列に豊富な資料でたどるという、いかにも演劇博物館ならではのとても充実した展覧会だった。初っ端の生誕のところ、伊藤四兄弟のくだりでさっそく、器量よし一家でウキウキだった。築地小劇場、昭和2年からのドイツ滞在の際には左団次一座と会っていたり、帰国後は新築地劇団、そして俳優座と、まさしく存在そのものが「新劇史」そのまんま。

伊藤熹朔の舞台装置図や絵が装幀本が前々から大好きだったけれど、千田是也もとても洒落た絵をかく。生涯の折に触れての、自筆のメモやイラストが目にたのしく、「新劇史」のお勉強というだけでなく、目の歓びにも満ちていた。千田是也そのものがとてもかっこよくて、旧蔵の文房具や「千田是也の百科事典」なる自作の情報カードなど、几帳面な性格が垣間見られる、いかにも「仕事ができる人」というような道具類もかっこよかった。ファイルの整理もしっかりしていて、ダイモを使って背表紙にラヴェルを丹念に貼っている。その愛用のダイモの展示にウキウキ、真似して買いたくなってしまった。戸板ファイルの整理に使おうかしらなどと思った。

旧蔵の書物や伊藤熹朔が大正12年ころに東京美術学校の卒業制作の折に描いたという《千田是也像》の油彩画に胸が躍りまくり。歌舞伎や文楽以外の演劇はほとんど見る機会がなくて、新劇史に興味津々になったのは戸板康二を知ってからのことだった。そんなかつての「新劇」ならではの高雅さとかインテリジェンスみたいなものを体感できた気がして、それがとてもたのしかった。晩年までブレヒトの研究にいそしんでいた千田是也、ブレヒトと同時代にベルリンに居合わせていたにも対面したことはなかったという。まとめてみると、戸板康二を読むようになって心にとめるようになった「新劇史の人々」ということで、たいへん刺激的な展覧会だった。それにしても、千田是也、かっこいい。

ところで、千田是也というと、小沢昭一さんのことがまっさきに頭に浮かぶ。先日、鈴本で目撃したばかりというタイミングで見ることになったという点でも嬉しい展覧会だった。帰宅後、「小沢昭一百景」をめくることとなって、先日、正岡容の本が出たばかりで、小沢昭一がらみの諸々に興奮中。


購入本

  • 新日本古典文学大系『浮世風呂・戯場粋言幕の外・大千世界楽屋探』(岩波書店、1989年)
  • 新日本古典文学大系『近松浄瑠璃集』上下(岩波書店、1993-1995年)

ここ数ヵ月、やけに新大系の蒐集にご執心、国文科1年生みたいな読書がなんだか愉しい。国文科出身の戸板康二の卒論のテーマが「近松門左衛門序説―浄瑠璃史上の功績」だったということを最近知って、ますます近松読みに興味津々。式亭三馬は、先日図書館で借りてめくったばかりで、いずれ入手してじっくり読もうと思っていたまなしだった。式亭三馬は挿絵つきのが国立劇場の刊行物で出ている。江戸、大坂、京都で栄えた歌舞伎史を追っていると、芝居とともに見る都市風俗がとてもたのしい。