宮本三郎美術館と古本屋

岩波書店のサイトに、担当編集者さんによる杉山其日庵『浄瑠璃素人講釈』に関する文章が載っているのを発見(→ http://www.iwanami.co.jp/hensyu/bun/another.html)。最後の方の、《素人は腹を抱えて笑い、学者は(研究対象として難解で)頭を抱える、というちょっと珍しい本》という一節がしみじみ言い得て妙だなあと感激。手に取る前は「難解への恐怖」の書物だと緊張していたのだけど、いざページを繰ってみたら面白くてたまらない。今まで岩波文庫を手にしてこんなに笑ったことはなかった。「難解への恐怖」は学者さんにおまかせするとして、下巻がたのしみたのしみ。この勢いに乗って、『百魔』も岩波文庫になるといいなあと、ますます勝手なことを思ってみたり。


以下は昨日の日記の続き。

展覧会メモ

  • 世田谷美術館分館 宮本三郎記念美術館 *1foujita2004-11-04

歌舞伎座の幕見席のあとはとある所用へ。ちょっと時間が空いたので、この界隈に来るたびに気になっていた、宮本三郎記念美術館の見学に行くことができた。宮本三郎の存在を気にかけるようになったのは、獅子文六の挿絵画家として名を知ってからのこと。だいぶ前に、神保町で『大番』全3冊の初版を1500円で買った。「週刊朝日」初出時の『大番』の挿絵が宮本三郎で、単行本の装幀も宮本三郎。この単行本、3冊それぞれがとてもカラフルで、カバーをとると別のカラフルな絵が描かれている。昭和30年代の大衆小説の初版本の歓びに満ち満ちていて、手にとっただけで嬉しかった。3冊1500円でこんなに嬉しいなんて、なんて安上がりなことだろうとホクホクと買った。そして、ひとたび中身を読むといつもの通り一気読みするしかないという文六さんの典型的愉悦の時間。たまに挿入される挿絵がまた嬉しかった。と、宮田重雄とともに宮本三郎の名前も、獅子文六の挿絵画家として心に刻んでいたのだった。

その宮本三郎のアトリエの跡地に美術館が今年オープンしていて、このあたり、たまに訪れるおなじみの場所からそう遠くないところなので開館当初からずっと気にかけていた。まあ、ほんの様子見程度に足を踏み入れたのだったが、2階の宮本三郎の展示室はわりあい広々とした空間ではあるものの、壁一面にギッシリと絵が貼り付けてあるという感じで、照明の具合なども、美術館というよりは公民館という趣き、展示への工夫がまるで感じられないのだけれど、画家の絵を時系列に眺めるのはそれなりにたのしかった。初期のデロッとした絵の具使いが面白くて、その絵の具が描く日本の風物がよかった。油絵の具と、蚊帳とか浴衣といった日本の風物との取り合わせの妙。フランスに留学して、第二次大戦勃発を機に帰国。麻生三郎や岡鹿之助をはじめ、大勢の画家が戦争を機に帰国を強いられているわけで、このあたりの留学画家の人物誌が面白いかもと思った。絵そのものはあまり好みではないものの、戦後の円熟期に、この画家ならではの独特の色使い、絵の具使いが確立している様子が見て取れ、特に絵の具の感じがとても面白くて、つい細部を凝視してしまった。《夕暮れの公園》という絵がデュフィっぽくて唯一好きだと思った絵。

帰宅後、匠秀夫著『日本の近代美術と文学』を繰ると「宮本三郎の挿絵」という項があった。藤島武二と安井曾太郎から多くの影響を受けたとして、《藤島は濃い溶き油を西欧人と同じように、自由に駆使した最初の日本人画家といってよいが、彼についた宮本は、淡い溶き油を最も自在に使いこなせる画家になった。》とあった。安井からは「造形的な構成力と素描力」を学び、これが風俗画に優れたきっかけとなり、挿絵に結実しているとのこと。少々期待はずれの美術館だったけれども、洋画家の系譜、挿絵画家の系譜に対してますます刺激を受けることができたのが収穫で、200円の入場料は安い。


購入本

と、宮本三郎美術館に出かけたため、いつもとは違う道を通ることになって、穏やかな薄暮のなかテクテク歩いていると、こじんまりした古びた古本屋があるので、吸い込まれるように足を踏み入れた。このお店の周りだけ、昭和40年代的たたずまいでとてもいい感じ。えてしてこういうお店は雰囲気だけはたっぷりで欲しい本がないということが多いのだけど、昨日の初めてのお店は、なかなかいい品揃えで「どうしても欲しい!」という本に突然遭遇ということはなかったけれど、買おうと思えばいくらでも買いたいものがあるという感じだった。迷ったのが、先日図書館で借りた、昭和10年に講談社より刊行の「評釈江戸文学叢書」の『歌舞伎名作集』上下セット。とても安かった。それから、獅子文六のエッセイ集にもとても心惹かれた。こちらは1500円という順当な値段。宮本三郎美術館のあとに来たのだから、獅子文六を買えば、つながりとしては言うことなしだったのだけど、ウンウンと迷いに迷ったあげく、結局は、新しめのお買得講談社文芸文庫を買った。三冊で獅子文六と同じ1500円。

  • 中村光夫・三島由紀夫『対談 人間と文学』(講談社文芸文庫、2003年7月)
  • 三好達治『月の十日』(講談社文芸文庫、2003年12月)
  • 織田作之助『世相 競馬』(講談社文芸文庫、2004年3月)

いつもと違う道を歩いたおかげで、思いがけなくよい古本屋さんを知ることができた。また行こう。とてもよいお天気のあたたかい一日だったけど、日没が近づくと徐々にひんやりとしてくる。晩秋のよい風情の町なみを本を買って、ますますよい気分で歩いた。