落語ことば辞典

このところ気が滅入るニュースばかりでクサクサ。こんなときは戸板康二の本を読んで気を紛らわせるほか方法がないと先週はいろいろめくって、何度も読み返してもホクホクの戸板本、まさしく絶好の気分転換となった。そんななか、今回「おっ」と目にとまったうちのひとつが、『ロビーの対話』所収の「へんちき論」という文章。式亭三馬の『忠臣蔵偏癡気論』の紹介のあとに、三馬に学んで岡鬼太郎が書いた「へんちき論」が明治45年鈴木書店から刊行された『江戸紫』に収録されているとある。この『江戸紫』は自作の落語、小咄、諷刺小説、毒舌エッセイといった「いずれも鬼太郎の、斎藤緑雨の系列に属する独特の作品」を集めているとのこと。この本の最後を飾っている「義太夫変癡気論」というのが、

たとえば、『太十』だと、

十次郎と云ふ小倅随分のべら棒にて、猫の額の如き茅屋に在りながら「これ今生の暇乞ひ」などと自分でベラベラしゃべって置き、初菊が立聞して泣き出せば「コレコレ声が高い」と云ふ、うぬの声の方が高かったればこそ、初菊に聞かれもしたれ、さりとては口の減らぬやつなり

『野崎村』だと、

久作は酸いも甘いも噛み分けた老爺。……心得ぬは「さツきに買ふたるお夏清十郎の道行本」と、その本を出して異見をする事なり。先の頃か先の程かいずれにもせよ百姓の家で詰まらぬ本を買ったものなり。幸ひ異見の折のお芝居に使へたからよいやうなものの、さうでもなかったら何にするつもりなりしにや

とまあ、ばかばかしいと言ってしまえばそれまでだけど、岡鬼太郎が書いているからこそ、いいなあとちょっと憧れた。戸板さんが最後に書いているとおりに、丸本に通暁した大通人がわざとひねって、すました顔で書いているから面白いのであって、そんなこんなで、戸板さんの文章で知った鬼太郎の『江戸紫』、その「斎藤緑雨の系列に属する独特の作品」を集めた本、ならびに岡鬼太郎のその系列の文章がとても気になっているところ。

今は、図書館で「叢書江戸文庫」と新日本古典文学体系の式亭三馬集を借り出して、チビチビと繰っている。

購入本

  • 榎本滋民/京須偕充編『落語ことば辞典』岩波書店(ISBN:4000024221

何ヵ月もまえから刊行をとてもたのしみにしていた本。たのしみを分散させようと週末のジュンク堂ではあえて買わずにいたのだった。昼休み、雨上がりのなまあたたかいなかを散歩に繰りだし本屋さんへ出かけて、「図書」を入手と同時に、予定通り『落語ことば辞典』を買って、コーヒーショップへ移動して、さっそくホクホクと繰った。たのしみにしていた本がとてもいい感じの造本で嬉しかった。榎本滋民と京須偕充さんの連名の仕事というと、志ん朝ディスクとセットで心にずっと刻まれてあったので、この二人の名前がある落語本というだけでとてもたのしみにしていたのだけれど、いざめくってみると期待以上。芝居と落語と、そこに通底する江戸文化にもっと深く入りこめるきっかけになるといいなと思っている。昨日、浅草の古本屋で、季刊雑誌「歌舞伎」を立ち読みしていたら、「座右の一冊」みたいなコラムで、榎本滋民が挙げていたのが式亭三馬の『浮世風呂』だった。先週、図書館で式亭三馬集を借りたばかりで、さらに『落語ことば辞典』が出たばかりというタイミングでその記事を目にしたので、ますます気分が盛り上がることとなった。