池袋モンパルナス

洲之内徹を読むようになって、絵を見るのがますます楽しくなり、美術館に出かけるのもますます楽しくなった。洲之内を知る前からずっと展覧会に出かけるのは好きだったけれど、洲之内本を機に、それまで何気なくいいなと思っていた画家の名前を今度ははっきりと心に刻んだ、ということがたくさんある。そこから広げて、今後も折に触れ、いろいろ見ていきたいと思うのだ。

そんなこんなで、ひとつの夢が、宮城県美術館(http://www.pref.miyagi.jp/bijyutu/museum/)に常設されている洲之内コレクションを見に行くこと。仙台には一度も行ったことがない(そもそも日本列島は群馬より北に行ったことがない)ので、ちょっとした小旅行するよい機会であるし、戸板康二のお祖母さんの出身地であるので、仙台には戸板康二のルーツが! と、その点でも行かねばならぬ、のだった。

何ヵ月か前に、この秋に宮城県美術館で洲之内コレクション展が催されることを、id:kanetaku さんより教えていただいて、これは仙台行きの絶好のチャンス! と大喜びだった。が、いざ秋になってみると、結局日程の折り合いがつかず、無念。歌舞伎の予定がうっかり毎週入ってしまったのがいけなかった。でも、まあなにごともタイミングだと思うので、近いうちに満を持して出かけたいものだと、新・読前読後(id:kanetaku:20041001)を拝見しながら思って、清々となった次第。

が、洲之内コレクション展は無理だけど、練馬区立美術館で池袋モンパルナス展が開催されていると知ったときは大喜び。そして、新・読前読後を拝見すると、池袋モンパルナス展(id:kanetaku:20040923#2)では長谷川利行の《酒祭り・花島喜世子》、佐藤哲三展(id:kanetaku:20041016)には《赤帽平山氏》が展示されているという。仙台で洲之内コレクション展が開催されているなかで、東京でもピンポイント式に洲之内コレクションが見られるというのがいいな、いいなと思った。

……などと前置きが長いけど、仙台の洲之内コレクション展と同時期に練馬区立美術館で《池袋モンパルナス》展が開催されていると知ったときはとても嬉しくて、練馬区立美術館へ行くのは、阿佐ヶ谷で映画を見たあと、駅前の停留所から中村橋行きのバスにのるのがいい! と、遊覧コースを頭のなかで組みたてて、出かけるのをとても楽しみにしていた。そのお出かけコースが展覧会最終日に無事実現。早起きしてラピュタ阿佐ヶ谷のモーニングショウへ出かけて、予定通りバスにゆられて、練馬へ行った。練馬のあとはジュンク堂で待ち合わせをしていたのでそのまま池袋へ直行してしまったけど、あとになって、池袋モンパルナス展のあとは熊谷守一美術館(http://www.kumagaimori.jp/)に行き、そのあと池袋までのいい雰囲気の道筋をテクテク歩く、というのが気分上々だったなあと思った。熊谷守一は後日のたのしみにとっておくとしよう。晩秋の新文芸坐ではとってもたのしみな映画上映があるので、池袋に出かけるチャンスはまだまだある。ジュンク堂では今回もいろいろ偵察にいそしんだ。美術書コーナーでぜひとも欲しいと思った本があったのだけど、懐が寂しかったのでぐっと堪えた。近日再訪するつもり。


映画メモ

  • 『黒い画集 寒流』鈴木英夫 *1 / ラピュタ阿佐ヶ谷《昭和の銀幕に輝くヒロイン 新珠三千代》 *2

2、3年前にアテネフランセで鈴木英夫特集上映があった。1本も見たことのない監督だったけど、チラシを見てそのモノクロ写真になんとなく惹かれるものがあって行こうかしらと思ったのだったが、いつものように結局行き損ねた。そのチラシで当時、この映画のことを知って、映画には行き損ねたけど、松本清張の『黒い画集』を家の本棚から取り出して、気が向いて数年ぶりに読み返すということをした。なにしろ数年ぶりだったので内容はほとんど忘れている。まるで初めて読むかのようにウキウキと読んだ。『黒い画集』の諸短篇は胸躍るようなストーリーではないものの、改めて読んでみると、清張の抑えた筆致がとてもよくて、その筆致にじんわりとひたっているうちに思いのほか夢中だった。鈴木英夫の映画の原作の『寒流』は、登場するヒロインがもういかにも新珠三千代そのまんまで、川本三郎さんの映画女優インタヴュウ集、『君美わしく』の新珠三千代の項の追記で、松本清張は大の新珠三千代ファン、『ゼロの焦点』をはじめ、自作のヒロインは新珠三千代をイメージして書いているのが多い、とあったのをヴィヴィッドに思い出した。見事なまでに、『寒流』のヒロイン描写も、新珠三千代そのまんま。

というわけで、映画化されて新珠三千代が実際に演じている『寒流』、いつかぜひとも見たいなあと思った。その宿願(というほどでもないけど)の『寒流』を、その名もズバリ新珠三千代特集で見られたというのだから、たまらない。実際に見てみると、新珠三千代特集の名にふさわしく、新珠三千代が役にぴったりハマっていて、実に美しかった。映画は、原作にほぼ忠実に、大銀行の人事を中心に進んでゆく。昔の日本映画のたのしみは昔の会社を見ることでもあるので、それだけでも嬉しく、初っ端から白亜の大会社を映す白黒スクリーンがとても美しかった。映画の導入部で、さっそく見る大銀行の本店の建物は、丸の内の帝劇の隣の第一生命ビルが使われていて(たぶん)、今も当時のおもかげをしのぶことができる GHQ の本部だった建物は日頃ちょくちょく通りかかるので、さっそく胸が躍った。映画全編、映像がとにかくスタイリッシュ。増村保造の『氾濫』とおんなじように、大会社の人事という言葉から連想するような紋切り型展開なのだけど、映像がとてもスタイリッシュなので、そっちの方にひたすら見とれた感じ。大きな窓から光が差しこむ室内で向かい合って座っている新珠三千代と池部良、のシーンが二度ほど登場して、とてもかっこよかった。2年前にアテネフランセのチラシで惹かれたモノクロ写真の期待を裏切らない、見事な映像だった。

ストーリーそのものは、特にあとの方になってくると、だんだん無理が出てくるというか、松本清張も売れっ子作家で大急ぎで連載を仕上たのだろうということが垣間見えるのだけど、結末ではなくてその過程を捉えるショットの数々という点で、美しい映像が見どころたっぷりだった。池部良を利用する常務・平田昭彦と対立する副頭取は中村伸郎で、中村伸郎が登場すると毎回なぜか少し嬉しい。総会屋っぽい人物は志村喬、探偵社の宮口精二と、脇を固める渋いキャスティングに琴線が刺激されまくりだった。一応の主人公の池部良は、なんだかつまらん人物であんまり共感がわかないのだけど、新珠三千代の描写はとてもよかった。「悪女」という言葉では片付けられない一人の人物の内部の幾層もの心のヒダがよかった。池袋の料亭の若女主人で夫と死別したあとひとりで店を切り盛りしていて、銀行を味方にするために利用するためだけに池部良と親しくなったのか、死別した夫に似ているという銀行の支店長を本当に好きになったのか。一人の人間の行動は二者択一で答えが出るわけではなくて、いくつかの要因で結果的にそうなったのだろう、というような行動の描写から表出される女性像が新珠三千代は絶妙だった。ラストまで原作にほぼ忠実。原作ではとってつけたような結末になっていて、本当は松本清張はこういう結末にしたくなかったのではないかなあと思ったものだった。映画ではそのあとのちょっとだけ続く。悪い奴ほどよく眠るというか、後味の悪さが魅力の映画だった。


展覧会メモ

  • 企画展《池袋モンパルナス―小熊秀雄と画家たちの青春》 / 練馬区立美術館 *3

そして、そもそものお目当ての展覧会ではひたすらメロメロだった。メインの小熊秀雄の数々のスケッチを見るときも、軽やかな散文を読んでいるようないい心持ちで素敵な時間だったけれど、長谷川利行のところでガツーンとやられてしまって、第一室の利行コーナーをなかなか立ち去りがたくて、何度も何度も凝視。これほどまでにまとめて長谷川利行を見たのは今回が初めてだったかも。最終日だったけど程よい人の入りで、理想的な見学ができた。二階では長谷川利行とおなじように松本竣介にあらためてガツーンとなった。一階の利行と二階の松本竣介と麻生三郎とで、春に鎌倉近代美術館で見た松本竣介と麻生三郎の展覧会のことを思い出して、深く感じ入ってしまって、その春のときと同じように、秋の今回の展覧会はこの先、いろいろとつなげてゆくよい大切な記憶となった気がする。そして、いつか洲之内コレクション展を見たいものだとあらためて深く思った。


購入本

  • 企画展図録《池袋モンパルナス―小熊秀雄と画家たちの青春》(練馬区立美術館、2004年)