今週の古本

  • 野口冨士男『暗い夜の私』(講談社、昭和44年)

水曜日に台風のなか、京橋図書館へ行く途上の奥村書店にて購入。半年に一度ぐらいの頻度で奥村書店では未読の野口冨士男の本に遭遇していて、そのたびに嬉々と買っている。この日はすでに持っている『感触的昭和文壇史』(文藝春秋、昭和61年)も一緒に棚にあって、実にいい眺めだった。『暗い夜の私』は初めて手にとった本で、昭和40年代の「風景」誌上が初出の作品を中心にした短編集で、「風景」が初出というのがいかにもぴったりの嬉しい一冊。こちらも「感触的昭和文壇史」ともいえそうな、いずれの作品も「文壇史」を扱っている。と、「文壇史」であると同時に「私のなかの東京」という感じもする短編小説集で、いつもの野口冨士男読みのよろこびをじんわりと堪能、本全体を一気に読了してしまった。思いもかけないタイミングでひさびさに野口冨士男を読む日が来るなんて、と、前々から計画していた本を図書館で借りて読むのもたのしいけれど、古本屋での邂逅にゆだねるような思いがけない本読みもたのしいなあと嬉しかった。

ここに収録されている計7篇のうち、著者自ら「他の作品とやや系列がことなる」と書く最後の1篇は、「風景」昭和38年11月号初出の十返肇を追悼した作品で、「文壇」という言葉を体現する存在だった十返がちょくちょく顔をのぞかせている他の6篇を総括しているような感じもし、ここに登場する東京の風土がちょいとなじみのある場所だったりもして、ずっしりとした余韻だった。以前、ここの土地の近くの図書館を、野口冨士男編の『十返肇著作集 上下』を目当てに初めて訪れ、それを機に利用者登録をしたのだった。あのあたりの道を思い出した。いつかぜひとも入手したいと思った『十返肇著作集』はまだ手元にない。

  • 庄野潤三『陽気なクラウン・オフィス・ロウ』(文藝春秋、昭和59年)

毎年10月は前々から読みたかった本にじっくりと取り組むことにしていて、今年は福原麟太郎の『チャールズ・ラム伝』を読んだ。先週の神保町では満を持してという感じに、みすず書房「大人の本棚」シリーズの『エリア随筆抄』(ISBN:4622048264)を嬉々と買った。解説が庄野潤三である上に訳者が山内義雄だなんてなんて豪華な一冊だろうと感激していたのだったが、ある人に教えていただいて、この山内義雄はあの山内義雄とは別人だったことを遅ればせながら知ることとなった。無事に知ることができて本当によかった。軽率なことを書いてしまったせめてもの申し訳に「山内義雄」をキーワード登録。で、これを機に、あの山内義雄とは別人の英文学者の山内義雄が訳している、買っただけで書棚の奥の方へ行ってしまっていた、べネットの『文学趣味』(岩波文庫)を繰る運びとなって、福原麟太郎とチャールズ・ラムを機に盛り上がった、英文学の系譜にますます胸を躍らせていることとなって、結果としてはかえってよかったかもと思っている。

なんていうことをしているなかで、ちょっと思い立って、書棚の奥から、小沼丹著『福寿草』(みすず書房)を取り出してみたら、高橋英夫さんの文章がきっかけでにわかに気になった庄野潤三のロンドン日記、『陽気なクラウン・オフィス・ロウ』の書評が収録されていて、ワオ! だった。すっかり忘れていた。それにしても、全集が発売になった今でもやっぱり買っておいてよかったとしみじみ思ってしまうような、『福寿草』は本当にしみじみ美しい書物。福原麟太郎の『チャールズ・ラム伝』では、生粋のロンドン子、チャールズ・ラムが生まれたテンプルの描写、ロンドンにありながらも市街の騒音が響いてこないテムズ河岸の別天地テムプルの描写がとてもよくて、『チャールズ・ラム伝』を読んだあとだと、さらに『陽気なクラウン・オフィス・ロウ』という書名が心地よく響いてくる。と、小沼丹の『福寿草』を見て、いてもたってもいられず、庄野潤三の本を申し込んでしまって、届いたところ。

小沼丹の書評の末尾には、

《著者はロンドンの街の表情とか人間の表情を大事に捉えて書いているが、これは逆にラムの世界の陽気な前景をなしていると云えるかもしれない。最後に著者夫妻の十日間の献立表を紹介したかったのだが、枚数が尽きたのは甚だ残念である。》

とある。1980年、夫人同伴でロンドンを訪れ、ラムの生まれたクラウン・オフィス・ロウの近くのホテルに十日間滞在し、ラムに縁のある土地を訪れラムを偲んだ、庄野潤三のロンドン記録、大事に読んでいくとしよう。

  • 馬場孤蝶『明治の東京』(現代教養文庫、1992年)

この本は何年も前から探していた。木村荘八の装幀の中央公論社の初版(1942年)やその復刻の丸ノ内出版の本(1974年)は古本屋でよく見かけるのだけど、現代教養文庫にはとんと縁がなかった。チャールズ・ラムで、戸川秋骨、平田禿木という名前が登場し、同じく文学界の馬場孤蝶のことを思い出し、同時に、この『明治の東京』のことを思い出した。上記の『陽気なクラウン・オフィス・ロウ』の勢いに乗って、現代教養文庫をネット注文して、こちらも同時に届いた。何年も前から宿願だった本を読めることになって嬉しいけれども、いざ文庫本を手にしてみると、手にとった感じがちょいと味気なくて、木村荘八装の本もつい欲しくなってしまいそう。東京の風俗、大衆芸能・芸人に関する文章とがあって、木村荘八の装幀がいかにもな内容で、文庫の解説は槌田満文。同じく慶應義塾の教授であった西脇順三郎が馬場孤蝶のことを「日本のアナトール・フランス」と読んでいたのだそうで、戸板康二が慶應文科の予科で、英文学の講義を戸川秋骨から受け、西脇順三郎の講義も聞いていて、フランス語の時間にはアナトール・フランスの原本を講読して、第一書房の訳本を買いに行った、とか、このあたりの独特の古風な高雅さがなんかいいなあと憧れている。そんな「日本のアナトール・フランス」が書いた『明治の東京』。馬場孤蝶とか戸川秋骨、平田禿木といった、古き英文学者のエッセイが、ちょっといい感じの造本で、なにがしかの文庫やシリーズでもっと刊行されるといいなあと思う。