神保町日記

朝の天気予報では夕方から雨だと言っていたけれど、いざ日が暮れてみると雨が降る気配は全然ない。意気揚々と神保町に寄り道。東京堂でぜひとも買おうと思っていた本があったのだった。閉店まで東京堂に長居してそのあと喫茶店で本をめくった。帰り道、空気がちょっとだけ冷たい。ほんの少し前はいつまでも蒸し暑いなあとぶつくさ言っていたのにいつのまにかすっかり秋だ。

購入本

今日も巖松堂の文庫・新書コーナーをチェック。先日泣く泣く見送った講談社文芸文庫の木山捷平と藤枝静男は予想通り売れてしまっているのを確認したあと、外に出て適当に軒先を眺めつつ歩を進めていたら、前々から欲しいと思っていた文庫本を発見して、巖松堂であいた心の隙き間が一気に埋まった。

  • 高木卓『露伴の俳話』(講談社学術文庫、1990年)


東京堂では景気よく単行本をポンポンと買った。たまにこういう日があると嬉しいなあとご満悦。4冊ともとても美しい本。印刷はすべて精興社。

  • 池内紀編『素白先生の散歩』みすず書房《大人の本棚》(ISBN:4622048213
  • チャールズ・ラム/山内義雄訳『エリア随筆抄』みすず書房《大人の本棚》(ISBN:4622048264

今日はこの二冊を目当てに東京堂を訪れたのだった。二冊とも前々から機が熟したらぜひとも手にとりたいと思っていた本だった。待っていると本当に機が熟すものだと嬉しい。池内紀さんが徳永康元著『ブダペスト日記』の書評をしている記事を先日ある人からちょうだいしたばかりで(「週刊朝日」10月15日号掲載)、池内紀さんが書評を書くというのがいかにもぴったり。《私がひそかに「センセイ」と呼んでいるのは、森銑三、野尻抱影、岩本素白、そして徳永康元……》というくだりを見て、「こつう豆本」の徳永康元著『黒い風呂敷』の岩本素白の随筆に関するくだりを読んでモクモクと池内紀編『素白先生の散歩』を読んでみたくなったのを思い出した。好きな書き手がほかの書き手につながって、その書き手をすぐに好きになって……という連関にはいつもワクワク、がぜん『素白先生の散歩』をじっくりと読みたくなった。

好きな書き手がつながっていく連関というと、わたしの場合、いつも福原麟太郎が登場する。10月になると毎年なにかじっくりと新しい本を読みたくなる。今年は何にしようかしらと思ったところですぐにずっと未読だった、福原麟太郎著『チャールズ・ラム伝』(講談社文芸文庫)に決めて、今じっくりと読んでいて、さっそくこの本が特別な1冊になることを確信しているところ。『チャールズ・ラム伝』のあとはもちろん『エリア随筆』に取り組みたい。と、「大人の本棚」を買った次第。訳者は随筆集『遠くにありて』をとても面白く読んだ山内義雄で*1、解説は庄野潤三と、この組み合わせがたまらない。『エリア随筆』の訳は山内義雄のほかには、平田禿木(新潮文庫)、戸川秋骨(岩波文庫)とあって、こちらもぜひとも入手したい。それにしても、福原麟太郎、平田禿木、戸川秋骨といった英文学者の系譜にはひたすらうっとり。講談社文芸文庫の『チャールズ・ラム伝』の解説は吉田健一で、英文学者といえば小沼丹を忘れてはならない。この名エッセイの書き手としての英文学者の系譜、というのは坪内祐三さんの文章で目から鱗で、以来わたしの心にベタリと貼りついていて、この線をずっと追いかけたいと思っているのだった。

新刊台で手にとって、惚れ惚れだった。A5サイズのちょっと大きめの本だけどそんなに厚くはない。装幀は菊地信義、本当にもううっとりするくらい美しい。日頃は新刊をチェックしても購入にいたるのは結構少なくて、いつもぐっとこらえて後日図書館で借りるというパターン。一度読んでまだ欲しかったらその本が本当に必要ということだと、一種のフィルターになっている。いざ欲しくなっても入手できるかできないかは「縁」なのだと、本に対する執着があるようでいてあまりないのが実情なのだった。しかし、たまにぽろっと買ってしまうこともあって、こうしてたまに買ってしまうのは実はいつもとても嬉しい。井原西鶴読みを本格的に始めようかなと思った今年に手に取ることができて嬉しい本。富岡多恵子さんは、5年前に文楽を初めて見たときに手にとった『近松浄瑠璃私考』をとても面白く読んだ。歌舞伎や文楽を見るようになって、ほんの少しだけど近世文学に触れる機会が持てたのを幸福に思ったものだった。今度は西鶴だと思うと嬉しい。これを機に本格的に取り組みたいものだ。

こちらは先月の新刊。著者の松下裕氏はちくま文庫版『チェーホフ全集』の訳者。まずは表紙がなかなかいい感じ、1934年刊のプーシキン本の挿画が使用されている。プーシキン『エヴゲーニー・オネーギン』からチェーホフ『桜の園』に至る、魅惑の19世紀ロシア文学を一作ずつ十人挙げて論じているというもので、内容的にストライクゾーンであった。『オネーギン』のところをさっそく立ち読みして、井伏鱒二と河盛好蔵の対談が紹介されていて、井伏鱒二が「ロシア文学ではプーシキンの『大尉の娘』がいいな」と言っているのを見て、わたしも『大尉の娘』が大好きなのでさっそく嬉しかった。河盛好蔵が『大尉の娘』を読んだのは徳田秋声訳が最初だったとのこと。などなど、チャールズ・ラムとおんなじように、日本近代文学の好きな書き手を通して、外国文学に接するというのがいつもとてもたのしい。

*1:追記:後日、ある人に教えていただいて、この『エリア随筆集』の訳者は、フランス文学者の山内義雄(やまのうち・よしお、1894-1973)とは別人の山内義雄(やまうち・よしお、1905-1968)だったということにようやく気づきました。一生気づいていなかったかも知れず、危ないところでありました。ありがとうございました。