京橋、人形町、神保町

少々寝坊してしまって大急ぎで外出、11時上演のギリギリにフィルムセンターに到着してほっと一息。前々から気になっていて、去年の市川崑特集では見逃してしまった映画を見ることができた。予想していた通りに映画としてはそんなに面白いとはいえないのだろうけれども、見どころは結構あって、無事に見られてよかったと思った。映画のあとは、待ち合わせて人形町でお昼ご飯。つい先日、id:kanetaku さんに洲之内徹の『気まぐれ美術館』に曽宮一念が登場していたことを教えていただいて、そうであった、そうであったと『帰りたい風景』(新潮文庫)所収の「明治座あたり」を読み返していたばかりだったので、ひさびさの人形町の午後がさらに嬉しかった。コーヒーを飲んでのんびりしたあと日本橋三越まで歩いて、地下で買い物。半蔵門線に乗り込んで、まだ時間がある、これ幸い、と神保町に寄り道した。

映画メモ

  • 市川崑『花ひらく 眞知子より』*1 / 東京国立近代美術館フィルムセンター《映画女優 高峰秀子 (1) 》*2

時代を感じさせる古くさいところ多々あっていろいろと辛気くさいのだろうけど、野上弥生子の『真知子』を初めて読んだときは思いのほかガツーンと余韻が深くて、何度もピンポイント式に読み返したりしていた。好きな小説を見つけるとそのたびに、映画化されていやしないかしらと日本映画データベース(http://www.jmdb.ne.jp/)で検索するのが毎回たのしみ、で、『真知子』はなんと市川崑が映画化していて、ヒロインは高峰秀子だというのでびっくりだった。高峰秀子が真知子に合っているかどうかはちょっと判断に迷うけれども、関の上原謙がとにかく似合い過ぎ! 河井の藤田進もいい線いってる! と、映画化されていたことを知ったときはおかしくてたまらなかった。しかし、野上弥生子の『真知子』のストーリーがそのまま映画になっても面白くはないだろうなあというのが正直なところで、映画としては特に期待はしていなかった。ただ、『真知子』を読んだすぐあとで日本映画データベースで検索してひとりで盛り上がって2年が経過して、ちょっと忘れかけていたところでこの度本当に映画が見られる、という展開が極私的に嬉しく、わたしにとっては『花ひらく 眞知子より』は、目下開催中の高峰秀子特集ではもっとも見逃せない映画のひとつであった。

というわけで、無事に見られればそれでよいと、映画としては特には期待していなかった。で、映画もまあこんなこのだろうなあと淡々と見物したという感じだったけれども、ストーリー云々を抜きにしてみると、様式的なシーンが多用されていて、映像がなかなかスタイリッシュで、視覚的にいろいろと楽しんだ。はじまりは日比谷公会堂(かな?)でピアノリサイタルの途中で真知子がスッと立ち上がりツカツカと外に出るというシーン。お見合いが仕組まれていたことに立腹しての動作なのだけど、唐突にスッと立ち上がって移動という幾何学的な映像が面白くて、そんな幾何学的映像は、上野の美術館で上原謙にバッタリ遭遇して二人で並木道を歩くシーンでも見ることができる。同窓のお友だちの活動家の米子さんが住んでいて、あとに上原謙が入居する元アトリエの住まい(原作ではたしか谷中)、その住まいはいかにも元アトリエっぽくトルソーが置いてあったりする。その光と陰の映像処理も面白かった。机がひとつ置いてある河井の研究室もわりと抽象化されていて、舞台装置のような感じだった。美術の担当が河野鷹思とのことで、どのあたりに河野鷹思の仕事が反映されているかはよくわからなかったけれども、ところどころの映像がとてもよかった。

今回の映画ではお嬢さんっぽさが先に立ってしまって、高峰秀子は原作の真知子のイメージとはちょっと違っていた。木下恵介の『女の園』の女学生姿がとてもよかったのを思うにつけ、凛とした女学生のあの高峰秀子で真知子を演じれば似合っていたのになあと思う。検挙歴のある活動家、上原謙はその冷徹な美貌がいかにもぴったり。活動家のくせに終始、バリッとブルジョワ風ス−ツ姿なのがご愛嬌であった。原作では一分の隙もない人格の考古学者、河井は『虎の尾を踏む男達』の富樫を思い出して、藤田進はぴったりだと思っていたのにいざ映画を見てみると、だいぶイメージと違っていて残念。映画では河井の役が単なる上原謙の恋敵みたいになってしまっていて、映画も上原謙の本性を知って真知子が田舎へ奔走というところで終わってしまっている。原作ではそのあとの河井と真知子のやり取りがとてもいいのになあとつい小説を追憶してしまうのだった。

小説を追憶というと、真知子は小石川に住んでいて本郷で社会学を聴講、歌舞伎座に出かけたり上野で展覧会を見たり能楽堂へ行ったり丸善で本を買ったり、などなど、戦前昭和の「東京小説」としてもたのしめるのだったが、映画のロケ地(音楽堂、本郷、上野公園)を見て、その「東京小説」としての『真知子』のことを思い出して、映画を見て小説に思いを馳せるというのが日本映画の最大の愉しみのひとつ、ということを感じてモクモクと嬉しくて、先月見た獅子文六の映画での一連の読書を思い出したりも。

自立した新しい女性像を模索した野上彌生子の小説「眞知子」をもとに、メロドラマ色も加味した市川崑監督の実質的なデビュー作。高峰は、学生運動の活動家(上原)に惹きつけられ、やがて裏切られる名家の娘を演じている。(チラシ紹介文より)

購入本

  • 臼田捷治『装幀列伝 本を設計する仕事人たち』平凡社新書(ISBN:4582852416

水曜日に昼休みの本屋さんで買った本。買ってさっそくランランと読了の嬉しい1冊だった。臼田捷治さんの装幀に関する本は『装幀時代』(晶文社)、『現代装幀』(美術出版社)と出ていて、ずっと気になりつつも、怠慢ゆえずっと未読だった。今回、新書というかたちで出たことで、絶好の導入になった気がする。『装幀列伝』のあちこちにこの先自分なりに突っ込んでみたいものだという箇所が多々あって、いろいろメモした。


神保町にて。

  • 小田光雄『書店の近代 本が輝いていた時代』平凡社新書(ISBN:4582851843

平凡社新書を買ったのは今週の『装幀列伝』が初めてだった。既刊一覧を眺めて、ずっと気になりつつも、怠慢ゆえずっと買い損ねていた小田光雄さんの著書のことを思い出した。「BOOKiSH」(http://homepage1.nifty.com/vpress/bkbackno.html)の《書店の記憶》特集の後追いをいろいろしようと思っていたのだった。というところで、土曜日の夕暮れの神保町の巌松堂書店の文庫新書コーナーで、新品同様に並んでいる本書を見つけてグッドタイミングの一言。それにしても、このところ、巖松堂書店の文庫新書コーナーがいつも打率がいい。

  • 雑誌「彷書月刊」1997年11月《特集・伊藤芸術四兄弟》
  • 雑誌「サンパン」第3期第7号(2004年7月)

書肆アクセスにて。特に伊藤熹朔と千田是也が前々からそこはかとなく気になっていた。「彷書月刊」のバックナンバーに「伊藤芸術四兄弟」なる特集があると知って、イソイソと買いに行ったところで、来月から早稲田大学演劇博物館(http://www.waseda.jp/enpaku/index.html)で千田是也展が開催と知って、喜んでいるところ。うーん、たのしみたのしみ。臼田捷治さんの『装幀列伝』を読んで気になった本のひとつ、EDI の曾根博義著『岡本芳雄』(http://www.edi-net.com/archiv/okamoto.html)を見に行ったのだけれども、先日に同じシリーズの『牧野英二』を買ったばかりなのでもうちょっと間を置くことにして、今回のところは「サンパン」のバックナンバーを。書籍でも雑誌でも、書肆アクセスショッピングはいつもとても楽しくて、買い物のたびに上機嫌なのだった。

  • 園田民雄『浄瑠璃作者の研究』(東京堂、昭和19年)
  • 帝国文庫第十巻『紀海音 並木宗輔 浄瑠璃集』(博文館、昭和4年)

ここに記すには渋すぎるが、嬉しい買い物だった。いずれも外観がいかめしいわりに値段がお手ごろだったので嬉々と購入。河竹繁俊の『歌舞伎作者の研究』は以前京橋図書館で借りて斜め読みしていつか手に入れたいと思っているところ。それと対になりそうな『浄瑠璃作者の研究』はなにかの論文の参考文献でちょろっとその名を見たのを覚えている。目次を眺めていたら猛烈に欲しくなってしまった。帝国文庫を買ったのは初めて。戸板康二も青年時代に手にとっていたのだろうなあと思うと、それだけで嬉しい。大好物の『一谷嫩軍記』が全段収録されていたので手元に置いておきたくなった。帰宅後の夜ふけにペラペラめくってみると、巻末に江戸時代の浄瑠璃の注釈書『瑠璃天狗』が収録されているのを見て、お馴染みの作品がいくつかあるので、なんとなく文字を追ってみたら、なかなか面白い。『瑠璃天狗』のことを知っただけでも収穫であった。読みたい本がいろいろあって忙しいけれども、まだまだ序の口の浄瑠璃読みをもっと進めたいものだなあと思う。