近松ウィーク

先週の金曜日、紀伊国屋ホールで「巣林舎」第2回公演、『津国女夫池』を見た。近松門左衛門の時代物浄瑠璃を現代語で上演するというもの。何年前だったか、NHK ラジオの邦楽の番組で渡辺保さんの、ルネッサながとの「近松実験劇場」についてのお話しを聞いて、それはぜひとも見てみたいものだッと思った。しかし、思っただけで幾年月、「近松実験劇場」のことはいつのまにか記憶の彼方へ行っていたのだったが、紀伊国屋ホールの『津国女夫池』上演のことを知って、はるか彼方から「近松実験劇場」の記憶がよみがえってきた。「近松実験劇場」は東京でも上演があり、今回が2回目だという。こうしてはいられないと、上演を知った次の日にさっそく「もう売り切れかしらッ」とイソイソと紀伊国屋ホールのチケット売場へ出かけてみたら、やれ嬉しや、チケットはまだまだ余裕で残っていたのだった。

そして、現代語での『津国女夫池』は、いざ見てみると思っていた以上に面白かった。原作にほぼ忠実に、脚本は浄瑠璃の本文をふまえてある箇所が目白押し、全段が2時間強でおさまっている。そのスピード感がまずはとっても気持ちよくて、現代語での上演なのにかえって近松の本文を読んでいるときの感触とよく似ているような気がしてきた。舞台がシンメトリーになっていてその視覚効果にウキウキ。御台所の3人の側近の女子が物語を進行させているのを見て、モーツァルトの《魔笛》に登場する3人の侍女やら3人の童子のことを思い出した。オペラのことを思い出しているうちに、演出のことを思ったりもして、今回の『津国女夫池』の演出をもうちょっと抽象化させて、衣裳をモード系にしたりとか、音楽は作品と同時代のバッハの無伴奏ヴァイオリンや無伴奏チェロにしてみたらどうだろうというようなことを思ってみたり。そんな勝手なことを思うのが愉快だった。とにかくもうとても面白くて、浄瑠璃読みの意欲がますます涌いてくる感じ。「巣林舎」の次回の紀伊国屋ホール上演はちょうど1年後、次は『曾我会稽山』とのこと。早くも来年がたのしみ。

犬丸治さんの劇評:http://homepage3.nifty.com/inumaru/newpage20040404.html

そんなこんなで、金曜日に『津国女夫池』の舞台を見たすぐあとで、『津国女夫池』と同年の享保6年の『女殺油地獄』の、今度は映画が見られるなんて! と、このところちょっとした近松ウィーク。帰りは丸の内線に乗り込んで、本日の車中の読書は、矢内原伊作『話しながら考える』(みすず書房)。南阿佐ヶ谷で下車して、日没後の阿佐ヶ谷の商店街をテクテク歩いて、その途上の目にうつる豆腐屋だとか乾物屋の様子がとてもいい感じ、いい気分で映画館へ向かった。

映画メモ

  • 『女殺し油地獄』堀川弘通 *1 /ラピュタ阿佐ヶ谷《この監督、この一本。》 *2

現鴈治郎、当時扇雀主演の『女殺し油地獄』はここ何年間の懸案の映画だった。東宝でアドヴァイザー的な仕事をしていた戸板康二が関わっている映画はこれまで1本も見る機会がなくて、制作として戸板康二の名前がクレジットされているこの『女殺し油地獄』は、今まで何度か上映されているのを見つけていたが、そのたびに行き損ねたいたのだった。今度こそは! と、今回の上演を見つけて手帳に大きくメモしていて、晴れて見物が実現。やれ嬉しや。映画館の場内が暗くなってスクリーンに映し出されてさっそくクレジットに「戸板康二」の文字が見えた瞬間はジーンだった。と、戸板康二だけですでに大喜びなのだけれども、映画そのものも素晴らしかった。近松原作の映画でこれまで見たことがあるのは、溝口健二の『近松物語』と篠田正浩の『心中天網島』の2本だけで、いずれもとてもよかったけれども、それらに匹敵するくらい『女殺し油地獄』もすばらしかった。

1998年9月の歌舞伎座で見た仁左衛門主演の『女殺油地獄』はいままで見た歌舞伎のなかでもっとも印象に残っている舞台のひとつ。とても素晴らしい舞台だった。そのとき見て思ったのは、『女殺油地獄』は主役の与衛兵はもちろんだけど、与衛兵をとりまく人々が全員よくないと、芝居が面白くならないということ。あのときの歌舞伎は、仁左衛門がすばらしいだけでなく、生さぬ仲の父の、今は亡き先代三津五郎や与衛兵に殺される雀右衛門をはじめとして、与衛兵をとりまく人々がみなとてもよかったのだった。

と、つい歌舞伎の記憶にひたってしまうのだったが、歌舞伎のときと同じように映画版『女殺し油地獄』は、主役はもちろんまわりの人々がそれぞれとてもよくて、映画の完成度の高さのゆえんはまずそこにある。主役の扇雀が妙に光沢のある鋭利な人形のようなふてぶてしい顔(美貌というのだろうか、やはり)が役にぴったりだった。そして、嬉しかったのが、父親役が鴈治郎だったこと。昔の日本映画を見ていて、鴈治郎が出てくるとそれだけで嬉しくなるのだけれども、とにかくもう鴈治郎が絶品だった。仁左衛門の舞台では富十郎が演じていた、お吉さんの亭主はなかなか味わい深い役であるが、映画では誰だろうと思ったら、なんと日頃のご贔屓、山茶花究だったのが嬉しすぎ。このツボをついた配役をよくぞ考えてくれたと思った。それから、妹の香川京子もいかにもぴったり。そして、鴈治郎と同じくらい絶品だったのが、お吉さんの新珠三千代。新珠三千代好きとしては嬉しいかぎり。……嬉しいことがいっぱいの映画だった。

映画全体がとても丁寧に作られていて、『女殺し油地獄』のストーリーそのものがヒシヒシと迫ってきて、とても現代的な世間劇の壮絶さを目の当たりにしたのも歌舞伎で見たときと同様だった。それから、歌舞伎のときとおんなじように、冒頭の野崎参りの風俗描写がとてもよかった。着物も面白くて、放蕩息子・与兵衛の悪趣味な派手な着物も見ものだったけれど、新珠三千代が着物がとてもきれいで、いかにも美しい若奥さんの、新珠三千代が映画全体でオーラを放っていた。つい与兵衛が甘えてしまうような人物像を絶妙に体現していて、新珠三千代の女優ぶりに唸った。与兵衛になぶり殺しに合うところでは壮絶な美しさだった。

というわけで、映画全体で満喫。一言で言うと、戸板康二の名前がクレジットされている映画がすばらしい仕上がりで嬉しいかぎり。いつの日か『サラリーマン忠臣蔵』を見たい。

時代に反抗的な道楽息子の悲劇 壮絶なラストに開いた口が塞がらない!! /近松の世話浄瑠璃『女殺油地獄』を映画化。河内屋のひとり息子・与兵衛は、遊女に入れあげ無理な借金を重ねたあげく、心やさしい豊島屋女房・お吉を手にかけてしまう。古典悲劇をその持ち味で蘇らせ、真価を開花させた堀川の意欲作。 (チラシ紹介文より)