コーヒーと本

昨日京橋図書館で読みたい本をわんさと借りてきたところで、懸案の郡司正勝『鶴屋南北』も鶴見俊輔『柳宗悦』も借りることができた。これでもう安心。どの本を持って出かけようかしらッとしばし迷った末、今日は獅子文六の『バナナ』に決定。いつもより早くに外出して、喫茶店でコーヒーを飲みながら『バナナ』をひたすら読んだ。先週は中公新書の『鶴屋南北』に翻弄されてゆっくり本を見られなかったので、帰りはいそいそと神保町へ。お金のなくならないうちにと、『小沼丹全集』の第2巻をガバッと買った。巖松堂では今日も探していた文庫本が見つかった。『小沼丹全集』がやっと買えたのが嬉しくて、日没後も喫茶店でコーヒーを飲みながら読書。

購入本

  • 高見順『昭和文学盛衰史』(文春文庫、1987年)
  • 阪田寛夫『わが小林一三』(河出文庫、1991年)

ここ何カ月か探していた高見順の『昭和文学盛衰史』。一度図書館で初版の単行本(昭和33年刊)を借りたのだけれども読む時間がなくそのまま返却してしまっていた。単行本では上下2冊だったのが文庫本1冊にまとまっていて、約600ページでボリュームたっぷり、人名索引が完備してあって、解説は野口冨士男で、本全体が充実度満点。文庫本の発見を待っていてよかった。大村彦次郎『ある文藝編集者の一生』関連の本読みはいつまでも続く。と、ずっと探していた『昭和文学盛衰史』を見つけてホクホクとほかにも何かないかしらと、わずかのスペースの文庫本棚を見回すと、阪田寛夫さんの『わが小林一三』なる文庫本があるので大喜び。この本の存在、今日初めて知った。著者といい内容といい、一目見ただけで迷わず購入だった。

  • 池田弥三郎『行くも夢止まるも夢』(講談社、1980年)
  • 安藤鶴夫『巷談 本牧亭』(ちくま文庫、1992年)

昨日の日没後、図書館へ向かう途中の松屋裏の奥村書店での買い物。池田弥三郎の随筆集はどの本もいつもそこそこ面白いものの、なぜかいざ買おうとすると止めてしまうことの方が結構多い。今回はふらっと立ち読みして、戦前の「三田文学」の名編集長、和木清三郎が戦後に編集していた「新文明」に関する文章があったので「おっ」となって、ふと値段をチェックすると数百円なのでふらっと買うこととなった。池田弥三郎の本を読むと、戸板康二の文章で知っていたことを別の側面から見ることができるということがままあって、そのたびにしみじみ感じ入ってしまう。戸板さんがいかに書くべきことと書かないことの区別を厳密にしているかがよくわかる。水上瀧太郎に傾倒していて薫陶も受けていた和木清三郎は久保田万太郎を断固拒否していて、戦前の「三田文学」における水上瀧太郎のようにして小泉信三を精神的支柱にしていた、同じく三田系の「新文明」は久保田万太郎という存在を完全に無視していたとのことで、言われてみればなるほどという感じだけれども、結構盲点だったかも。などなど、たまに買う機会があると必ず収穫があるのが池田弥三郎の著書。池田弥三郎の本で勢いに乗って、前から目をつけていた安藤鶴夫の文庫本も一緒に買った。解説が小沢信男で「おっ」だった。……と、今回の1000円未満ショッピングはいかにも奥村書店という組み合わせになった。