川越日記

8月も残り少なくなった。少しでも夏休み気分を味わうべく、西武新宿線に揺られてとろとろと川越へ出かけた。川越へ行くのは初めてで、ちょっとした旅行気分が嬉しい。と、当初ははしゃいでいたものの、約1時間後、川越にたどりついたころにはやや眠くなってしまって、気分はすっかりけだるいいつもの日曜日の午後だった。

第1の目的地は、猪熊弦一郎展が催されている川越市立美術館。ウェブサイトの案内通りにバスに乗って「札の辻」で下車して、テクテクと美術館に向かって歩いた。バスの車窓から見えた札の辻までの町並みは、いかにも「小江戸」で車窓から眺めてワクワクだったのだけれども、札の辻から美術館への道のりは典型的地方都市の殺風景さ。歩いているうちに道路も建設中になってきて歩道は砂利道で足がガクガク、その地平線上にいかにも地方都市という感じのまわりの景色と調和しない真新しい美術館が見えてきた。うーむ、車で来るべきところで、歩いて出かけるところではなかったのかも。などと、美術館に入る前から気持ちが萎えてしまった。同じ埼玉県の美術館でも、北浦和の県立近代美術館は、公園の片隅にあるという立地も内部の様子もほんわかといい雰囲気で、これから先何度でも出かけたい思っているお気に入りの美術館だし、町田の版画美術館もよかった。と、ちょいと遠出の美術館行きは旅行気分でそれだけでたのしいので、これに懲りずまたいろいろ出かけてみよう。

美術館から札の辻まで戻るべく歩いているときは、「く、来るんじゃなかった…」とまで思ってしまいそうな勢いで、札の辻から先ほどバスで通った道を駅方面へと向かって日陰のない道を歩いていると、やっぱりまだ日差しは強くて疲労、いかにも観光地という雰囲気にもなじめず、ますます「く、来るんじゃなかった……」という気になってきた。

しかし、その不機嫌も、第2の目的地、田中屋美術館で根底から覆された。何年も前から、小村雪岱の展示があるというのでぜひとも出かけたいものだなあと思っていた田中屋美術館、ちょろっと展示があるだけなのだろうと実は大して期待していなかったのだけれども、人の家にあがらせてもらうという感覚で小村雪岱をいろいろ眺めて、大満喫だった。個人美術館ならではのよさがあって、こういうのはいつも大好き。展示そのものもたいへん堪能したけれども、嬉しかったのは古い商家の木造建築を味わったこと。田中屋の2階で静かにジーンと感激しているうちに、先ほどまでの不機嫌を反省。札の辻から田中屋までの道すじのあちこちに、田中屋の2階で味わったのと同じような感激がひそんでいたことだろうと思う。初めての町なのでもうちょっと事前の調査をしておくべきだった。古い木造建築の町並みが博物館さながらに残っているのは稀有だし、町全体で景観を守ろうとしている姿勢が満ち満ちているのも気持ちがよい。と、田中屋美術館だけですっかり今回の川越行きはよい思い出となった。さすがに小村雪岱の生まれた町だ。次回はもうちょっと事前の準備をきちんとして、ぜひとも再訪したいと決意。田中屋の2階での時間だけでも今回の川越行きは大満足で、とにかくもう、田中屋の2階での感覚はたまらないものがあった。

展覧会メモ

  • 猪熊弦一郎回顧展 / 川越市立美術館 *1

前々からじっくりとその生涯を見てみたいと思っていた猪熊弦一郎なのだけれども、全体を見とおしてみると、うーむ、実はあんまり好みではなかったかもと思った。展示は時系列に並んでいて、若き日の習作、パリ時代、ニューヨーク時代という流れは、そのまま20世紀の歳月と連動していて、絵そのものはあまり好みではなくても、ひとりの画家が周囲から影響を受けたり時代の変遷を吸収しつつ制作に反映させて自らの芸術を深めていく過程を目の当たりにできるので、それだけでいろいろと考えさせられる感じ。1955年にイームズ夫妻を訪問とか、周囲の諸々に思いを馳せてくれるような展示になっていたらもっとよかった。全体的にはあまり好みではなかったと思いつつも、ニューヨーク時代の《お神楽》とか《Pine Tree》がとても好きで、この絵を見られただけでも来た甲斐はあったかもと、あとで思い直した。ふだんはあまり共感がわきにくそうな抽象画の方が、この画家にはぴったりで、ほかにもいろいろと絵を見てみたいという気にさせられて、やっぱり展覧会にはどんどん出かけてみるものだ。画家は絵画という平面に世界を展開させるわけだけれども、色彩・バランス・形態の3つを猪熊弦一郎は追及していたようだ。東京美術学校時代の師の藤島武二は「デッサンがない」という批判をよくしたという。素描とは何か? というと、猪熊弦一郎は《即実物の不思議と悦びを深く認識してその写実的存在感を描く》というふうに定義しているのを、会場に置いてあった図録で見つけて、メモした。

  • 田中屋美術館 *2foujita2004-08-22

引き戸をガラッとあけて田中屋の建物に入って、二階がちょっとした美術館になっている。田中屋のご主人がその生涯に蒐集した美術品を展示していて、そんな道楽気のようなものがとても微笑ましかった。木の階段をミシミシと上がる途中で、岩崎勝平の素描を何枚も見ることになって、その1枚1枚がほんわかといい感じだった。2階にあがると洋間になっていて真ん中に丸いテーブルがあって、川越ゆかりの冊子が置いてあったりして、ますますいい感じの空間だった。2階には、岩崎勝平の「東京百景」のデッサンがあって、1950年代の東京、その線の感じが好きで、100枚全部を見てみたいと思った。

洋間から茶室の入口みたいな低めの入口をくぐると日本間になって、そこで履物をぬいで畳にあがる。その先の和室が小村雪岱の展示室となっていて、ひさびさに雪岱を心ゆくまで堪能。よくぞここまで蒐集したものだと思う。個人美術館ならではの狭い空間が嬉しくて、何度もじっくりと眺めて、すっかりくつろいでしまった。ガラス戸の奥に装幀本の数々があって、表紙や本体のみならず見返しの繊細な文様がしみじみ素晴らしくて、研ぎ澄まされた美意識(のようなもの)にあらためて驚嘆で、ため息ものだった。特に嬉しかったのが、雪岱装の久保田万太郎の本を3冊、初めて見られたこと。邦枝完二の新聞小説『江戸役者』は本紙の切り抜きを製本してあって、挿絵と新聞小説というくくりはいつもとても魅惑的で、先日宮田重雄の本を手に入れて、獅子文六の新聞小説に思いを馳せていたばかりだったので、とても嬉しかった。そして、大興奮だったのが、いとう句会ゆかりの雑誌「春泥」が1冊展示してあったこと。戸板康二の文章でのみ知る伝説の「春泥」がいま目の前に! と、思わずガラスケースを破りたくなってしまいそうなくらい興奮だった。原色版の雪岱の表紙画(女が二人)が実に見事。この「春泥」、いつぐらいの号なのだろう。

小村雪岱の美術展というと、昨年3月に出かけた埼玉県立近代美術館(http://www.saitama-j.or.jp/~momas/)の常設展でたいへん堪能して、今でも鮮烈な記憶。そのときの雪岱展にはなかったような、そもそもの本職ともいうべき日本画が見られたのも嬉しく、《七夕》というタイトルの絵がとても美しくて、色の感じといい筆の感じといいすばらしかった。そして、構図がなんとも見事で、本の装幀や舞台装置で開花した空間処理とかデザイン感覚がここにも典型的に表出されているのも、とても興味深い。雪岱筆なのか不明だという、《柳図》という明治41年ごろに東京美術学校の卒業制作の一貫として描かれたという作品も間近で眺めてしみじみ美しかった。

狭い日本間の空間に配置されている、そんなに数多くはない展示の数々で、しみじみ小村雪岱にまつわるいろいろなことが大好きなのだと自分自身の嗜好を再確認できて、とても満ち足りた時間だった。大正4年の建築という、外観は石造りの洋風で中はいい感じの木造空間、隣接する日本間の廊下の様子も江戸からの典型的商家を見るようで、落語のことを思い出したりもして、建築そのものもたのしかった。入場料100円(半額にまけてくれた)でたいへん堪能。おみやげに、特製の雪岱絵ハガキを買った。ハガキを入れてくれる袋は、内田誠の『緑地帯』の表紙に使われた鷺草模様があしらってあって、いつまでも大喜びだった。