半蔵門線日記

遅めの昼食時間をのんびりと過ごしたあと、ひさしぶりに Bunkamura ザ・ミュージアムへ行った。そのあとは出口の向こうにある本屋さんで立ち読み。このお店に来たのもひさしぶりで、ことのほかたのしくてずいぶん長居をした。ジャコメッティのことを思って、矢内原伊作の本をしばし立ち読み。以前、国会図書館で串田孫一の戦前発行の限定本を閲覧したときに、矢内原伊作の名前が登場していたのを思い出して、昨日「冬夏」を見たばかりというタイミングだったので、そのあたりの雰囲気がいいなあとちょっと追憶。美術館のあとは、コーヒーを飲んでのんびり。もうすぐ日が暮れるという頃に解散して、そのあとちょっとだけ足をのばして、日没の神保町をふらっと歩いた。店頭コーナーをちらりと眺めるというくらいの、あまり本探しという気分ではなかったというのに、思いのほか、なかなかよい買い物ができて、ホクホクと家路についた。

展覧会メモ

  • ニューヨーク・グッゲンハイム美術館展 / Bunkamura ザ・ミュージアム *1

「モダン・アートの展開―ルノワールからウォーホルまで」というタイトル通りに、ルノワールからほぼ年代順に絵がポンポンと並んでいて、おなじみの名前がどんどん登場して、その変遷をほんわかと眺めるのがたのしかった。説明書きパネルがあまりないので、次々とポンポンと絵を見ることになるので、先入観なく自分の好きな絵を探したり、あ、これいいなと思ったりするのがたのしかった。ジャン・デュビュッフェの《扉と雑草》がいいなあと思って、しばし椅子に座って眺めた。その隣りがジャコメッティの絵で、これも面白かった。5月に竹橋の近代美術館で現代彫刻の特集展示があって、作品とともに彫刻家のデッサンを一緒に見ることができてとても面白かったのを思い出した。対象物の捉え方、空間の処理、などなど、ものの見方という点において刺激的で、これからいろいろ見てみたいという気にさせられる感じで、なんだかハッとなった。


購入本

地下鉄から出てちょっとだけ歩いて、ふらっと目にとまった店頭コーナーで、戸板康二のお祖母さんの戸板関子著のお裁縫テキストブックを発見、昔の女性向け実用書は装幀も内容もそれだけで結構たのしくて、わたしも以前よく祖母宅の書棚をあさったりしたものだった。と、一瞬買おうかと思ってしまったが、値段は1300円で勢いに乗って買うにはちょっと微妙なお値段であった。うーん、500円くらいで見つけるまで待つことにするかなと思いつつ視線を転ずると、今度は『西鶴名作集』の文字が目に入った。

  • 日本文学全集『西鶴名作集』(河出書房新社、昭和36年)

背表紙に「里見とん他訳」とあるのを見て、先月に岩波の日本古典文学大系の『西鶴集』の月報にあった尾崎一雄の文章で知った、昭和7年に春秋社が刊行した『現代語西鶴全集』のことを思い出した。函から取り出して中を開けてみると、思ったとおりに『好色一代男』は里見とん、『好色五人女』は武田麟太郎、『世間胸算用』は尾崎一雄、というふうに、西鶴の原文ではなくて文士による現代語訳の西鶴選集だった。わざわざ現代語で読もうとは思わないけれども、訳者の並びが嬉しいのと、月報には円地文子と吉田精一の対談があったりして、ちょっと手元に置いておきたい気もする。それに、なんといっても150円なので、ほんの気まぐれに買うのがぴったり。と、パッと買うことにして、通りがかりの古本屋さんの店内に足を踏み入れることとなった。こういう古本屋の軒先の安い全集の端本買いがどうもやめられないのだった。

  • 三島由紀夫『花ざかりの森』(角川文庫、昭和30年)

と、150円の『西鶴名作集』片手に足を踏み入れた店内で、突然びっくり。ずらっと並んだ文庫本コーナーの、古い角川文庫の並びにひっそりと三島由紀夫の『花ざかりの森』が並んでいるのを見つけた。この角川文庫版『花ざかりの森』は戸板康二が解説を書いているので長らく探していたもの。いくらでも売ってそうなのに、今まで見つける機会がとんとなくて、探していることすらも忘れてしまいそうな感じだった。なんの前ぶれもなく突然、何年も前からの懸案の文庫本を見つけるとは、こんなに嬉しいことはない。『西鶴名作集』に導かれて、いや、もとをたどると、戸板先生のお祖母さんの『実用新式戸板裁縫全書』(←あとで書名を調べた)に導かれた今回の発見、と言ってもいいかもしれない。などとこじつけつつ、『西鶴名作集』と一緒に意気揚々とお会計。こういう極私的な古本買いはいつもたのしい。

  • 安藤鶴夫『名作聞書 落語と講釈』上下(読売文庫、昭和30年)

通りがかるたびにいつも楽しみにチェックしている、巌松堂書店の文庫コーナーで発見。これも前々から安く見つかったら買おうと思っていたもの。今回入手した『名作聞書』、見返しには徳川夢声と辰野隆による推薦文がある。昨日「随筆サンケイ」の「随筆寄席」を見たばかりというタイミングなので、これまた嬉しかった。辰野隆の《鶴夫さんのミソは断じて手前ミソにあらず、ミソくさからず、読んで聴いて、後口がさっぱりして、楽しみそのうちにある。ゆずの香がかすかに残る。》という一節に、うんうんとにっこり。

安藤鶴夫の「落語鑑賞」シリーズというのがあって、刊行順に並べると、

    • 『落語鑑賞』苦楽社、昭和24年
    • 『落語鑑賞』創元社、昭和27年
    • 『名作聞書 上下』読売新聞社、昭和30年
    • 『わが落語鑑賞』筑摩書房、昭和40年
    • 『落語鑑賞 上下』旺文社文庫、昭和51年

というふうになる。敗戦直後に、大佛次郎の雑誌「苦楽」に連載された古典落語の聞き書きシリーズで、当初は久保田万太郎に依頼がいったのを万太郎の推薦で安藤鶴夫が執筆することになって、とびっきりの名著がうまれることとなった。上記はいずれも「苦楽」の連載がもとになりつつも、内容や配列がすべて微妙に異なっている。現在も入手可能のちくま文庫版(ISBN:4480027165)は上記のうち筑摩書房版が底本になっていて、巻末には福原麟太郎の解説がついている。思えば、落語に夢中になったのは、小林信彦の文章で知った安藤鶴夫の『わが落語鑑賞』のムードにひたすら憧れたのが一番のきっかけだった。と、そんなこんなで、とびっきりの愛読書。すべて内容が異なるというので、少しずつ集めたいなと思っていたところで、読売文庫版(サイズは新書)を発見した次第。あとは2番目の創元社版を残すのみとなった。いつでもよく見る本なので買おうと思えばいつでも買えるのだけれども、時節を待つとしよう。

安藤鶴夫の『落語鑑賞』はその本文とともに素晴らしいのが木村荘八の挿絵で、両者の絶妙なコンビネーションがさらにこの本を名著に仕立てている。苦楽社版の装幀が特に素晴らしい。今回入手した『名作聞書』も装幀も中の挿絵も木村荘八によるもの。上記リストのうち現在唯一入手可能のちくま文庫版のみ唯一木村荘八の装本ではない、ということになるのがいかにも皮肉だなあと思う。

  • 岩淵達治『ブレヒト』(紀伊國屋新書、1966年)

安藤鶴夫を見つけて勢いにのって、今日もこのところの古本屋でのおたのしみ、安くてちょっとよさそうな新書買いをと、今回はこれに決定。