京橋図書館と奥村書店

夕刻、トボトボとマロニエ通りを歩いて銀座を横断して、亀井橋を渡ると築地警察署、その裏の京橋図書館へ。このごろ、大分日が短くなってきたような気がして、急にしんみり。予約していた『織田作之助全集』の第1巻と第8巻と、『御摂勧進帳』の国立劇場の上演資料集を借りたあと、『宴遊日記』別録が収録されている『日本庶民文化史料集成 第13巻』を閲覧した。秀鶴贔屓の米翁の隠居生活ぶりがとても素敵で、ちょっと眺めただけでワクワク。だいぶ大きな本だったので借りるのは断念。また図書館で眺めるとしよう。もうちょっといい感じの造本で刊行されたらうっかり買ってしまいそうだ。そんなこんなしたあと、ちょいと買い物をしようと図書館を出て、銀座方面へ。途中、ふらっと奥村書店へ。深い考えもなく惰性でふらっと入っただけなのに、嬉しい本を発見し、意気揚々と外に出た。本をすぐに繰りたくなったので買い物はなしにして、喫茶店に直行。買ったばかりの匠秀夫さんの本を一通り眺め終わったあとは、織田作全集をめくった。このところ急に織田作之助に恥ずかしいくらいにメロメロで、第8巻をめくってさっそく「織田作之助は文楽が大好きなんだなあ」と、なんでもないようなところで感激してウルウルだった。来月は織田作之助が大好きな文楽が見られると思うと、わたしもとても嬉しい。早く9月にならないかな。おっと、その前に『四谷怪談』があって、さらにその前はささやかな夏休みがあるのだった。

購入本

  • 匠秀夫『日本の近代美術と文学―挿絵史とその周辺』(沖積舎、昭和62年)foujita2004-08-10

文学と美術との交わりに関してはかねてから興味津々で緩慢に追求しているのだったが、この本のことは去年の春先、紀伊国屋書店発行の季刊誌「i feel」(http://www.kinokuniya.co.jp/05f/d_01/)の《挿絵と小説》特集の文献リストで初めて知って、すぐに図書館で借りて読んだ。第1章は「小説と挿絵」と題する見開き1ページの小文集(初出は雑誌「素描」)で、第2章以降は結構カチッとした論文集で、扱われている内容がまさしくストラークゾーンでずっと手元に置いておきたい部類の本だなあと図書館に返却して1年以上たった先月、酒井忠康さんの『その年もまた―神奈川近代美術館をめぐる人々』(かまくら春秋社)を遅ればせながら買って読んで、再び『日本の近代美術と文学―挿絵史とその周辺』の書名に遭遇することとなった。去年に初めてこの本を読んだときは迂闊にも内容の方ばかりで著者のことは特には気にとめていなかったのだけれども、よくよく見てみると、匠秀夫さんは土方定一の薫陶を受けた、言わば「土方学校」の中心人物で1980年の土方定一逝去後、鎌倉近代美術館の二代目館長に就任している(三代目は弦田平八郎、酒井氏は四代目)。ワオ! とあらためてしみじみと、神奈川県立近代美術館のあれこれ、「土方学校」の諸々を追求したいものだとふつふつと思った。過去に読んだ本が思わぬ方向からつながってくるのはいつもとても嬉しいことだ。と、そんなこんなで、このところ酒井忠康さんの本に盛り上がっていたところで、奥村書店で発見の運びとなって、意気揚々と購入した次第。

図書館で借りたときは裸本だったけれども、A5変型の函入りでなかなかいい感じの造本。さっそく喫茶店でコーヒー片手にペラペラと1年ぶりにめくってみると、何カ月か前に『木村荘八日記』を図書館で借りて読んだことで(この本もいつの日か入手したいものであるが)、明治末期から大正初期にかけての「パンの会」が象徴するような近代日本文学史の流れが急に面白くなって、ちょっとだけ盛り上がっていたのが記憶に新しかったので、第2章の近代文学史関係の記述にゾクゾク、あらためてじっくりと読んでみることにしよう。たのしみ。

「漱石文学と挿絵」のところで名取春仙の名前が登場して、ちょっと思い出して帰宅後、戸板康二の本をめくった。『ハンカチの鼠』所収の「ささやかな話」という文章(初出は「日本古書通信」)に、子供時分に誕生日プレゼントとして伯父から贈られた、「はじめてこれは文学というものかと思った」という島崎藤村の『眼鏡』を後年、神田で発見するくだりがある。実業之日本社の愛子叢書の第一篇、装本が歌舞伎絵で有名だった名取春仙だということを知ったのはまただいぶあとだったとのこと。と、また思い出して『演芸画報・人物誌』を取り出して、名取春仙の項を読んで、あらためて興奮だった。「演芸画報」という雑誌について戸板康二は《歌舞伎が團・菊・左歿後の悲観論を一掃するようにさかんになり、現代からいえばフタ世代前の名優の技を競う時代が盛り上がろうとする、明治末に生れたこの雑誌三十六年の歴史は、そのまま、大正から昭和前半にかけての、歌舞伎全盛期を反映しているともいえそうだ。》というふうに書いているのだけれども、やはりこのあたりの日本の近代の流れはとても面白いなあ、と、あらためてしみじみ思ったりも。匠秀夫の本の話が急に戸板康二になってしまった。『木村荘八日記』のことを思い出したのも必然であった。

それから、匠秀夫さんの『日本の近代美術と文学』の第1章に「獅子文六と宮田重雄」というのがあって、日曜日に宮田重雄の本を買ったばかりなのでタイミング的にも嬉しかった。と、はたまた思い出してめくったのが、ある人からありがたくもちょうだいした、三國一朗の『鋏と糊』という本。スクラップブック作成に関する全方位的な本で、ちょっとした奇本でなかなかの見ものでとても面白い。三國一朗は獅子文六の『但馬太郎治伝』の読売新聞連載の誌面をまんべんなく切り抜いてスクラップブックに貼って所蔵していたという。「単なる挿絵ではなく、周到な考証と、豊富な資料からなる苦心の作」という宮田重雄の挿絵、ぜひとも見てみたい! 益田太郎をモデルにした小説『ハイカラ通人』は獅子文六逝去のため実現はしなかったのだけれども、挿絵は宮田重雄に内定していたそうで、しみじみ太郎冠者の宮田重雄の挿絵を見たかったものだと思う。前々から大好きな文章だった、獅子文六の絶筆のエッセイ「モーニング物語」は昭和45年元旦の朝日新聞に宮田重雄の「え」とともに掲載されたとのこと。近々図書館で見るとしよう。などなど、挿絵に関するあれこれはやっぱりとても面白い。