京橋図書館と奥村書店

今週は月曜日から3日連続で落語を聴きに出かける予定でいたのだけれども、結局いずれも行き損ねてしまったなあと薄暮のなかトボトボと銀座へ。気を取り直して来月の落語スケジュールを練るとしようと、山野楽器で「東京かわら版」を購入、と同時に「銀座百点」の新しい号を入手、とそのあとはイソイソと京橋図書館へ向かった。予約していた本を引き取ってホクホク、ふたたびマロニエ通りを通って銀座方面へ。その途中、ふらふらっと奥村書店に足を踏み入れて、サクサクと何冊か購入。うーむ、予定していた落語会に行き損ねるたびに「浮いたチケット代で本が買えるわい」という了見になるのはわたしの悪い癖だ、しかし買ってしまったものはもうしょうがないので次回から気をつけるとしよう、というようなことを思いつつ昭和通りを横断。

本日の用事がすべて済んで一安心、コーヒー飲んでのんびり。「東京かわら版」をふむふむと眺めて、「銀座百点」では「銀座サロン」に小三治さんが登場していて大喜び、と、一通り眺め終わったあとはじっくりと、借りたばかりの武田麟太郎『銀座八丁』を読んだ。京橋図書館の地域資料室に在架している本で、昭和10年発行の改造社版。どうってことのないと言ってしまえばそれまでの昭和初期の風俗小説なのだけど、築地の図書館で借りたすぐあとで銀座で読んで、臨場感たっぷり。鳥瞰的な筆致が面白かった。こういうのを読むと、数奇な展開になる役人は丸山定夫にしてしまおうとか、ついいつも勝手にキャスティングしてしまう。

帰宅後は、借りたばかりの枝雀の『三十石』にじっくりと耳をすませた。今まで特に気にとめていなかった「三十石夢の通い路」というタイトルに急にジーンとなった。伏見から大阪へ向かう三十石舟に乗ると時間はかかるけれども寝ながらにして大阪へ行ける、舟歌を歌う船頭がプカプカと舟を漕いで、ひしめき合う乗客はスヤスヤと夢の中、その上に一面に広がる夜空にはたくさんの星、という情景が、ディスクが終わったあとパーっと頭のなかにずっと残った。


購入本

  • 笑福亭松鶴『六代目松鶴 極めつけおもしろ人生』(神戸新聞出版センター、昭和61年)

軽い気持で手にとってみると帯に志ん朝さんが登場しているので「おっ」とまっさきに志ん朝インタヴュウのページを立ち読みした。「大尊敬している先輩の一人」という松鶴の魅力について、

《うちのおやじにも共通していえることなんですが、自分が実際に体験したことを高座で話すおかしさね。いわゆるくすぐりやギャグじゃないんですけど、話すとなんとなくおかしいというおもしろさですね。私がいってもちっともおもしろくないけれど、同じことを松鶴師匠が話すとおかしいみたいな、独特のおもしろさがあるんです。我々の世界では、その調子のおかしさを「フラ」と呼んでまして、「あいつにはフラがあるよ」といったりしますが、師匠には師匠独特のフラがあるわけです。》

《ウワ〜ッと話すところがあると思うと、スッと引く。ガ〜ッとしゃべった後にポンと引く、このテンポが絶妙ですし、要するに聴いていて飽きない魅力がありますね。》

と志ん朝さんが語っているのを見て、いてもたってもいられず衝動買いだったけれども、松鶴の語り口をいかした聞き書き風なのでスイスイと一気読み、何度もクスクス笑った。よい本だった。松鶴の『らくだ』を聴きたい。

  • 『古典落語大系 第八巻 上方落語』(三一書房、1969年)

前々から気になっていたシリーズ、「東京やなぎ句会」の面々が編集している『古典落語大系』は全巻ずらっと1冊1000円で売っていた。松鶴の本を手にしたのが嬉しくて上方落語特集ということで、三田純市が編集した第8巻を買った。帰宅後、文春文庫の矢野誠一著『落語家の居場所』所収の「古典落語大系の頃」という文章を思い出して、さっそく読み返してジーンだった。

  • 庄野潤三『ピアノの音』(講談社文芸文庫、2004年)

以前はこのお店でちょくちょく、すぐ前に出たばかりの講談社文芸文庫が新品同様で並んでいるのに遭遇してシメシメとなっていたものだったけれども、タイミングが合わないのか最近はめっきりその機会がなかった。で、ひさびさに買い損ねていた講談社文芸文庫が棚にあって大喜び。

  • 土方定一『画家と画商と蒐集家』(岩波新書、1963年)
  • 名取洋之助『写真の読みかた』(岩波新書、1963年)
  • 杉山平一『映画芸術への招待』(講談社現代新書、1975年)

ちょっといい、安い新書をポンポンと3冊買った。