吉祥寺の休日、寄り道古本日記

ひさびさにさわやかな目覚め、しばらく寝床でぬくぬくと内田光子さんのモーツァルトを聴いた。なんとなく手を伸ばしたらこのディスクだったという、それだけのことだったのだけれども、いざ聴いてみると、冒頭の《グルックの主題による変奏曲》K.455がなんだかとてもいい。今まであまりきちんと聴いたことがなかったかも。内田光子さんのモーツァルトいつもどこか寂しげだ。この曲が終わったところで床を出て、家事諸々を片付けて、窓の外の青い空によい気分になって、いざ外出。本日の車内の読書は、講談社文芸文庫の網野菊『一期一会 さくらの花』。

ひさしぶりの吉祥寺。ソイビーンファームでお味噌を買って、ダンディゾンで食パンを買って、コットンフィールドで布地を探したりなどなど、近辺をうろうろしたあと、中道通りをテクテク歩いて、「散歩」という喫茶店でのんびりしているうちに夕方になった。

解散後はさっさと家に帰るつもりが、西荻に寄り道。音羽館を見に行った。すみの方にひっそりと久保田万太郎の『樹蔭』があった。値段が安いのでふらっと買った。本当は古本屋のほかに行きたいお店があったのだけれども、万太郎を買ったのが嬉しくて急に弾みがついて、いそいそと荻窪へ移動して、ささま書店を見に行った。今日はいかにもささま書店らしい買い物ができて、大満足。ささま書店らしい買い物とは、1000円未満の本を調子に乗ってポンポンと二、三買う、というふうな買い物。このあとドトールでしばらく万太郎を読んだ。万太郎にひたりきった。


購入本

  • 久保田万太郎『樹蔭』(中央公論社、昭和26年)foujita2004-01-31

『樹蔭』はもともと大のお気に入りのひとつ。ほかに4篇の短篇を収録している。久保田万太郎は全集を持っているのに、こうして安価な単行本に遭遇すると嬉しくて、つい買ってしまう。全集で読むより単行本で読む方がずっと気分はよいし、万太郎の単行本はいつもそこはかとなく装幀がたのしい(今回は奥村土牛によるもの)。それから、なんといっても、古本屋での邂逅という偶然にゆだねるようにして、万太郎にひたるのがいつも無類の歓びなのだった。

音羽館の店頭でさっそくあとがきを立ち読みした。『川』という短篇小説のところに、《『川』は、昭和23年の12月に書いて、「旬刊サンニュース」に載せた。「旬刊サンニュース」というのは、わたくしが嘗て、上海で世話になった、同学の友人、名取洋之助君が、カナリの抱負と計画をもってはじめた雑誌だった。だから、わたくしも、負けない気になって、これを書いた。……が、「旬刊サンニュース」は、その抱負と計画のために、惜しくも、1年足らずで倒れた。そして、わたくしに、結局、この作だけが残ったのである。》というくだりがあって、思いがけなく名取洋之助の名前に遭遇したのがとても嬉しかった。そして、さっそく読んだのが『川』。小説の語り手は明らかに息子・耕一がモデルで、いつものように高度に結晶化された短篇小説。「川」が登場する瞬間が実に見事。余韻がずっと消えなかった。

それから、ここに収録されている『明治四十二年』という短篇もすばらしかった。鎌倉の古本屋で明治42年発行の内田魯庵訳の海外小説を手にするところが導入部、「古本屋小説」というアンソロジーがあったとしたら、ぜひともこの短篇を収録したい。そして「明治四十二年」というタイトルがまたきいているなアと、本当にもう巧いこと、巧いこと。2月に歌舞伎座にて菊五郎七回忌追善興行、5月に文芸協会開所、10月に伊藤博文狙撃、11月に「自由劇場」有楽座にて第1回公演、12月に依田学海死去。……こういう小説もいいなあと文章構成がすこぶるよかった。


店頭の100円コーナーで神吉拓郎と堀田善衛の文庫本を引っこ抜いて、気分よくささま書店に入って、いつものように長居。なんにも買うものがないときはあの本を買おうと目をつけている本が何冊かあるけれども、それらの本を買う機会はなかなか巡ってこない。

  • 串田孫一『荒小屋記』(東京美術、昭和45年)

戸板康二の『回想の戦中戦後』でこの本の存在を知った。山形の新庄に疎開していた串田孫一を戸板さんが訪問するのが昭和21年5月のこと、このあたりのことを串田孫一の2冊の著書、『荒小屋記』と『日記』でくわしく知ることができる。去年の夏、2冊セットで図書館で借りて読んで胸がいっぱいだった。いつの日か古本屋で(安く)邂逅したいものだと思っていた。その1冊目がやっと実現した。ささま書店の串田孫一コーナーで「このときを待っていたのよ!」と興奮だった。『日記』の方にもいつの日かささま書店のこの棚で邂逅したい。『荒小屋記』の本全体には「荒小屋(新庄の地名)」そのものの記述はわりかし少なくて、巻頭にアイリッシュハープを奏でる写真があるこの本、音楽に関する文章が巻末にあるのが実はとても嬉しくて、串田孫一の本はいつも本全体が美しい。串田孫一、「東京人」今月号に登場していて、立ち読みして嬉しかったばかり。

  • 里見とん『唇さむし 文学と芸について 里見とん対談集』(かまくら春秋社、昭和58年)

この本のこと、さる方に教えていただいていた矢先だった。さっそく発見するとはなんとグッドタイミングなことだろう。以前図書館でじっくり読んだ「風景」に掲載の、野口冨士男らが聞き手の対談も収録されていて「おっ」となった。まっさきに読んだのは、彦六で死んだ林家正蔵との「今昔問答」。「文学と芸について」とタイトルにある通り、芝居や落語に関する話題も満載なのが嬉しいところ、多賀之丞との対談もとてもよかった。

徳川夢声の「問答有用」も収録されていて、その夢声による巻頭言に、《初対面は久保田万太郎さんに誘われて、下六番町のお宅に伺った時。江川宇礼雄君(「多情佛心」の不良少年のモデル)も同席。志賀直哉氏の描かれたリンゴの絵(これが後に里見さんの著書の装本に用いられた)を拝見した。》とあって、その志賀直哉のリンゴの絵が表紙になっている、里見とんの『本音』を先月、伊勢丹の古書展で買ったばかりだったから、「あっ」と嬉しかった。と、さっき買ったばかりの万太郎がさっそく登場したりなどの、古本つながりがたのしい。「いとう句会」ともども「九九九会」人物誌が古本における最近のいちばんの関心事なのだ。

  • 永井龍男『雑文集 わが切り抜き帖より』(講談社、昭和43年)

こういう本を折に触れて読むののが大好きだ。講談社の永井龍男の「雑文集」シリーズは造本ももちろん中身もとてもいい感じで少しずつ買っている。が本当に少しずつで、これが3冊目。結構古本屋でよく見る本で、だいたいいつも値段は1000円だ。そのだいたい1000円の本がささま書店では500円だ。上記の里見とんと鎌倉つながりであったり、寄席や東京に関する文章が散見されたり、万太郎と水上瀧太郎の関係に言及した文章(万太郎全集の月報で既読のもの)があったりなどなど、ここでも、自分自身の古本連関がたのしいのだった。

  • 戸板康二『歌舞伎題名絵とき』(駸々堂、昭和60年)

戸板康二の駸々堂のシリーズも古本屋でよく見る本、だいたいいつも1000円くらいで、それがささま書店だと500円かそれ以下。なので、ささま書店での邂逅を待つこととなる。と、ひさしぶりに買う機会がめぐってきて、嬉しかった。戸板さんの本も買えたので、今日のささま書店は言うことなしだった。