ラヴェルのピアノ曲集

岩波現代文庫の『歌舞伎への招待』の感激がいつまでも消えず、ずっと持ち歩いている。戸板康二の名著の復活が嬉しいのはもちろんだけれども、ただ復活するだけではなくてそれが完璧なかたちで実現しているのが、本当に嬉しかった。と、いつまでも感激にひたっているのだったが、岩波書店のサイトの紹介文を読んで、さらに感激。

http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/6020800/

担当編集者さんは、岩波講座「歌舞伎・文楽」を手がけた方だったのだった。新しい趣味(のようなもの)ができるとお勉強の真似ごとがしてみたくなって、とりあえず図書館のそのあたりのコーナーにとりあえず行ったりするのだけれども、わたしが歌舞伎と文楽を熱心に見るようになった頃、どこの図書館に行ってもこのシリーズがいちばん目立つところに並んでいた。当時このなかの様々な文章を読みふけったはずなのだけれども、今となっては何ひとつ身についていない。でも、犬丸さんの戸板康二をめぐる論考のことだけは鮮やかに覚えている。来月は、『歌舞伎への招待』続が出る。

京橋図書館へ本を返しに行って、また借りてきた。取り置いてもらっていた、伊原青々園の『演劇談義』(岡倉書房、昭和9年)を借りた。こんな本を貸してくれる公共図書館って!


お正月休みがあけてから、ふと再生してみたら、今の気分にぴったり! とことのほかフィットしたのが、ドビュッシーの《12の練習曲》だった。ポリーニと内田光子さんのディスクを交互に流してご満悦だった。そんな感じに1週間が過ぎて、三連休のまんなかの日曜日の午前8時過ぎ、今年最初に聞く皆川達夫さんの「音楽の泉」を流してみたら、まっさきに聞こえてきたのが、ラヴェルのピアノ曲。《ソナチネ》で、演奏は明らかにアルゲリッチで、それがべらぼうによかった。同じディスク、棚にあるのにひさしぶりにラジオで聴いてメロメロだった。そのあと、ヴァイオリンとチェロの二重奏曲が流れて、これは初めて聴く曲、それからまたピアノ曲が何曲か流れた。サンソン・フランソワの《亡き王女のためのパヴァーヌ》が聴こえてきた。皆川さんがベラスケスの絵のことをしゃべって、そのあとで寝床で聴くと、おなじみのこの曲がいつもと違った感じに聞こえてきて、これもべらぼうによかった。と、ことのほかラヴェルに共鳴してしまって、以来、わたしの愛聴ディスク、ギーゼキングのラヴェルピアノ曲集ばかりを聴いている。ドビュッシーと似ているようでいて、ラヴェルの方には根底に鬱屈感がある。感傷とは違った意味の憂いというか、なんというか。あちらこちらでのぞく鬱屈した感じが、なぜか今聴くとたまらなくよいのだった。