下谷の日曜日の午後

上野へ出かけた。木々の紅葉がとてもいい感じ。先週の青空の下もよかったけれども、今日みたいなちょうど雨があった頃合いというのもよかった。

東京芸術大学大学美術館の《工芸の世紀》展を見物した。最終日だったせいか大混雑だった。明治以前のところがむしろ楽しくて、初代海野美盛の色金を使った小さい柄がさっそく素敵でじーっと凝視、まさしく極小の美の世界だった。土屋安親の喫煙具の花のモチーフがどこかフランスのナンシー風だったり、草花の蒔絵がうるわしい漆器の重箱は行楽用のお弁当箱、花と葉の配置具合がとっても洒落ている。などなど、工芸の展覧会はひとつひとつのモチーフがとてもたのしい。現代の工芸の方もおもしろくて、素材と文様との調和具合をいろいろ眺めて楽しんだ。青磁の壷にらくだの文様が大きくあしらってあったり、友禅着物の幾何形態を眺めたり。ろうけつ染めの文様がとてもよかった。

展覧会をのんびり見物したあと、付近を散歩しつつ、寛永寺境内へ。雨上がりでねっとりとだいぶ温かかった。やっぱり上野の休日はたのしい。寛永寺橋を渡って根岸へ行った。目的地は豆腐料理の老舗、笹乃雪の落語会。雲助師匠の『芝浜』を聴いた。11月末日、一ヶ月早い大つごもりという気分で、実によかった。平穏無事に来月を乗り切れますように。

展覧会メモ

  • 《工芸の世紀 明治の置物から現代のアートまで》東京藝術大学大学美術館*1

落語メモ

  • 第3回ささの寄席 五街道雲助『辰巳の辻占』『芝浜』 笹乃雪*2

根岸に来たのは今日で3度目。初めて行ったのは今年の8月、三平堂の落語会で雲助師匠の『もう半分』があるらしいと「東京かわら版」で知って、いそいそと出かけたのだった。その途中、笹乃雪の前を通った。これがかの有名な笹乃雪! と、思わず立ち止まって子規の句碑を眺めてすっかりいい気分だった。笹乃雪というと、久保田万太郎の『寂しければ』の冒頭にちょこっと登場している。谷中の墓参りの帰りに息子と立ち寄ってそこで旧知の人に再会、という小説の導入部だ。と、万太郎小説のことを思ったり、根岸といえば諸々の文人、根岸と豆腐といえば、斎藤緑雨による饗庭篁村の人物評のくだり、などなど、何かと尽きない。と、「ポン引きと街娼に注意!」の看板がひときわ目立つ根岸の町かどで思わずうっとりであった。

そして、雲助師匠の『もう半分』があまりにかっこよく余韻がなかなか冷めず、そんな中、笹乃雪の前の句碑のことが気になって検索して、笹乃雪のサイトを眺めてみた。すると、ここで寄席が開催されていて、次回ゲストは喜多八さん、しかも『子別れ』だという、キャー、と早くも一週間後に根岸を再訪することとなった。喜多八さんの『子別れ』は期待通りとてもよかった。その帰りに、子規庵を見に行ったりもした。そんなこんなで、夏の落語の思い出というと、根岸のことをまず思い出すのだった。

その思い出の「ささの寄席」、第三回はなんと雲助さん。またもや根岸で雲助師匠を聴くことになるなんて! と、意気揚々と出かけた次第。『芝浜』だということは知っていたが、もうひとつが『辰巳の辻占』だったことは見逃していて、先日馬生師匠ディスクで聴いたばかりだったので、タイミング的にも言うことなしだった。雲助さんの『辰巳の辻占』は馬生とだいぶ違う雰囲気で、馬生が人情噺ふうだとすろと雲助さんは落し噺ふうになっている。その違いがとても面白かった。雲助ホームページによると、馬生は圓喬流でやっていたとのこと。雲助さんの『辰巳の辻占』、そのタイトルの辻占のくだりがとてもよかった。

『芝浜』はあまりに「いい話」すぎるのか、ちょいと引いてしまうところがある。と言いつつも、たまに志ん朝か三木助のディスクを聴いて、ジーンとなったりしているのだけども。雲助さんの『芝浜』、もちろん悪かろうはずがなく、なんとなく六代目菊五郎、女房は多賀之丞、などといいかげんなことを言っているが、まさしくそんな感じのかっこよさ。魚勝がひさしぶりに商売にでるところと夢だったと知ってがっかり商売に出るところなど、同じようなくだりが繰り返される箇所がいくつかあって、そこから生じる立体感が見事だった。なんて、あまり詳細は思い出せないくらい、じっくりと噺にひたりきっていた。今日の雲助さんの着物と帯、素敵だった。会場はなかなか盛況でほぼ満員だったと思う。